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mixiユーザー(id:2145604)

2013年01月11日14:42

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スポーツに勝敗は必需か

■大阪体罰自殺 教師による犯罪ではないのか
(読売新聞 - 01月11日 01:20)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2284228&media_id=20&from=diary

久々にニュース日記を書く。
》行き過ぎた勝利至上主義によって、指導の名の下に体罰を容認する風潮があったのではないか。

記事中の文面だが、勝利至上主義に「行き過ぎ」はない!陥った時点でスポーツではなくなっている。

早稲田大学の教授でラグビーの全日本代表の監督を務められた故大西鐡之祐氏の著書だったか翻訳書にあった言葉で『スポーツ・アマチュアリズムの最大の敵は金銭の收受ではなく、その結果に起こりうる勝利至上主義である』に、いにしえ感銘を受けた。強豪校の監督であり、尚かつ弱小国の監督として当時の最強2国のイングランドを引き分け寸前のノートライに、オールブラックスJrを破った監督だからこそ重みがある。


だいたい試合という言葉自体が『試し合う』意味を持ち、日頃の練習なり研究を相手に試す場であり勝敗などアクセントに過ぎない。登山やワンダーフォーゲルがスポーツとして成り立つ意味を考えればわかる。プロスポーツですらも勝敗は【実は】あまり求められてはおらない。高度なスキルやテクニックの応酬を見に観客はチケットを買う。

そうでなくて勝利を求めるなら、誰が10年前の阪神タイガースやパープルサンガのチケットを買うのか冷や汗


ましてや練習試合など自己の欠点なり不足点を見つけ反省資料とする場なのにミスをしたから殴るなんて…

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2013年01月11日 18:22
    問題は勝利至上主義ではなくて、公務員は首にならない、
    または責任は取らなくても良い事が問題です。
    このバスケの顧問もバレーの顧問もこんな事件を起こしても「公務員」ですから、最高罰で停職です。
    絶対免職にはなりません。

    柔道の内柴被告も「国公立」だったら、まだ退職してないでしょうね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2013年01月11日 22:07
    > mixiユーザー 
    処分の問題より、原因の問題の方が大きい と思っています。
    公立の高校であろうが、私立の高校であろうがバスケの顧問もバレーの顧問も鉄拳制裁をやめなかったでしょう。
    なぜなら、それが勝つことに繋がると信じ、実行し、且つ勝ってきたから…あせあせ(飛び散る汗)

    勝つ為に鉄拳制裁が必要か否かは興味はありません。たかが毬遊びですから、勝つより毬遊びは楽しむものです。楽しむ為に、より高度なスキルなり自在に動けるフィットネスを身につける為のトレーニングは否定しません。次の試合に勝つことを目標にすることも創意工夫を生む良い目標でしょう。でも勝つことを目的としたから…かのバスケ顧問が生まれたのでしょう。


    残念ながら彼のようなコーチや選手でスポーツは満ち溢れています。ロンドンオリンピックのタイムキーパーミスで長時間抗議した某選手に違和感を感じたのは、スポーツとは異質のもの−勝利至上主義を感じたからではないでしょうか。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2013年01月11日 23:07
    > mixiユーザー 
    おっしゃることはわかりますが、まさか、あの顧問の教師や校長が心から反省して、やり方を変えるとは思えません。
    それは、彼らの自己否定となるでしょうから。

    勝利至上主義の考えを無くするには、実際彼らをどうしたら良いと思われますか。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2013年01月12日 11:08
    > captainkenさん
    まぁ【絶え間ざる自己否定】は我々の世代にとっては過去から突き付けられた鋭いナイフなのですが、より若い世代なら念仏に過ぎないでしょう冷や汗

    彼ら《校長とバスケ顧問》が教育界に留まるなら…

    自分の意のままに体を動かせない少年少女達のリハビリスポーツ【決して、パラリンピックに代表されるような競技スポーツではなく】に関わることを望みます。

    と言うか、競技スポーツに関わることを禁じてほしい。かの顧問が持つ教員免許が体育なら、なおさら…

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