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mixiユーザー(id:2145604)

2011年05月03日11:54

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谷村-地図から消えた村

アスニーで以前展示していた京都明細大絵図で興味深い部分を見つけた。
フォト
出身高校の東あたりなのだが、聞きなれない村名が記されていた。

『谷村』
いったい、現在のどこなのだろうか?この名前は伝わっていなかったのか?
疑問に思えまず現在の地図を広げてみた。フォト
yahoo地図だが「谷」なる地名は見当たらない。

では古地図は…?
フォト1945年の米軍作成図にはTOKIWAしかないが

フォト昭和13年
フォト昭和6年
フォト大正11年
フォト明治22年
の地図には常盤谷と記載されていて明治の地図にはルビがないが他は「トキハ」との読みがある。

どうやら常盤村と谷村が合わさり「常盤谷」と記され「トキハ」と呼ばれたらしい。
wikipedia-右京区の町名より
》旧葛野郡太秦村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。太秦村には太秦、安井、中野、常盤谷、嵯峨野の5つの大字があった。このうち、(中略)、大字常盤谷は「常盤」を冠称する19町《
とあるので京都市への編入時点かその後に「常盤谷」→「常盤」となり江戸期享保には見られる「谷」の名は地名から消えたらしい。

では現在のどの辺りだろう?
双ヶ丘三の岡の西、御室川の西南、黒橋-常盤地蔵への道の北、蚕ノ社の北と絵図からは読み取れる。現在の町名の常盤仲之町、常盤一ノ井町、常盤古御所町あたりだろうか?
京都明細大絵図ではピンクは寺社、黄色は町村、白は堂上と例示されていたので名称から「古御所町」なんて極めて怪しいが確証はないあせあせ(飛び散る汗)
フォト

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2011年05月03日 12:34
    なんとなく面白そうだったのでじっくり見比べてしまいました。

    地形的には、やっぱり「常盤古御所町」のような気がしますね。
    常盤古御所とは大きくでたなって感じですか?w
    上京区の光照院との関わりがなにかあったのでしょうか?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2011年05月03日 13:32
    〉まめさん
    白は堂上とあるように堂上−公家・皇族に関わりのある村の可能性は高いです。ただ京都には「御所ノ内」と付く地名が市内何箇所かにあるのですが、全て現在は市内ですが江戸から大正ぐらいまでは農村地帯。
    どうやら天皇家か宮家の御領地だった土地を指すようです。

    「常盤古御所町」というのも昭和の中頃までは郊外であせあせ(飛び散る汗)記憶では豚小屋もあったな(笑)−現在は高級住宅街。
    でも、歴史を紐解くと御室仁和寺:門跡寺院筆頭−光照院もその門跡寺院の1つ−の院家:禅宗の塔頭と同じく大寺院の子院−が並んでいたあたりで徒然草を兼好法師もこのあたりで書いていたらしいとのことです。

    院家の1つに宮家か親王の1人が出家後に住み、周りはその院家の所領農地で江戸享保まで続き谷村と呼ばれ「堂上」の土地とされ、院家の記録から昭和になって古御所町と名付けられた なんてハナシなら非常に面白いのですが…

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