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2017年08月28日08:23

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「この経済政策が民主主義を救う」(安倍政権に勝てる対案)

 図書館本「この経済政策が民主主義を救う」(サブタイトル:安倍政権に勝てる対案)松尾匡(ただす)著、大月書店、を読了。


 福島第一原発事故の影響問題やニセ科学批判では正しい、有意義なツイートを連発するのに、経済についてはナンセンスの極みみたいなツイートを連発する通称キクマコ氏(菊池誠・阪大院の理学研究科物理学専攻教授)が推薦していたので、彼の頭の中を探るため読んでみた。


 総論としては、「正しい部分と間違った部分があり、正しい部分で信者を獲得し、間違った部分まで信者の狂信を招いている」という、害のあるものに良くある構造になっていると思う。


 ダメな点の背景としては、この著者、産業構造の変化と、経済のグローバル化を軽視している。この2点が大きい。産業観が古臭いんだよね。さらに、長期金利(≒国債金利)が上昇した場合、どう対処するのか?についても薄い。なので、超金融緩和や国債乱発の負の側面から目を背け、構造改革(≒アベノミクス第3の矢)の必要性からも目を背けている。

 だいたい、超金融緩和の教祖・クルーグマンの主な専門は貿易のモデル化や為替相場。スティグリッツの主な専門は情報の非対称性理論。なんで、それ以外、つまり厳密には彼らの専門外である景気刺激政策においてまで、彼らの意見を妄信するのか。彼らの景気刺激策の意見は、喩えて言うなら、造船の超一流技術者が、航空機製造に口出しするようなもの。ド素人よりは多少マシかもしれないけれど。。。
 クルーグマンなんか、途中で意見を変質させているし↓
   https://krugman.blogs.nytimes.com/2015/10/20/rethinking-japan/?_r=0
  (私の英語力では翻訳サイトを使って拾い読みしか出来てないけど)
 クルーグマン批判者による上記論文の日本語による解説↓
   http://blogos.com/article/145211/
この論文を見ると、彼がロクに調べも考えもせずに(日本の少子化を、2015年までちゃんとは知らなかった?!)日本に提言していたことが分かる。なんてイイカゲンな。ちなみに松尾はこの2015年論文を踏まえずにこの本を書いているようにも読める。もしそうなら、松尾もイイカゲン(上記クルーグマン論文は、この本の出版3ヶ月前のものなので、読むことはギリギリ可能だったと推測)。

 実際、物理学の分野でも、超天才アインシュタインだって専門から少しズレた分野では間違えている。彼は、量子力学には否定的だった。でも、結局アインシュタインは間違いで、量子力学が正しかった。天才の言うことであっても、少しでもその人の専門からズレていたら、妄信してはイケナイ。



 以下、内容のメモと感想。○が私も同意する点、△が一部同意もしくは保留、×が間違いだと思う点。



まえがき

○「アベノミクスは安倍の野望実現の手段」(p.6など)

→ これはその通り。改憲その他の野望実現するまで保てば良いので、長期的なことは考えられていない。



第1章:安倍の景気作戦

×「消費税はもともと、消費を減らして人手を浮かせ、それを政府支出で必要となる人手にまわすためにあるもの」

→ 大間違い。そもそも現代社会においては、昔のように職種転換は容易でないので、簡単に人手は回らない。時間がかかる(なので、解雇は金銭補償を伴うべき)。それに、こうゆう論理が通用するなら、「所得税の累進は、高所得者の勤労意欲を減退させ、平等だが貧しい社会を実現するためにあるもの」とも言えてしまう。


△「政府支出も緊縮気味」
→ これは何をもって緊縮とするか?によって違う。莫大な予算額を考えると、とても緊縮とは言えない。これが普通の感覚だけど。著者は、さらに莫大なバラマキ支出を要求しているので、それを基準と考えるなら緊縮に見えるのでしょう。



第2章:人々が政治に求めるもの

×「失業率が高いとブラック企業がはびこる」

→ 根拠がない。バブル景気だった頃の方がコンプライアンスの浸透がまだまだで、今以上に大企業にまでブラックなところが多かった。


×「他の政党より景気の先行きに希望が持たれているから、(安倍政権は)良しとされている」(p.79〜80)

→ 各紙世論調査を見ると「他の政権より良さそうだから」(つまり民主党政権への失望と反感の裏返し)が最多で、経済政策への支持はさほどでない。外交などと同じくらい。



第3章:どんな経済政策を掲げるべきか

○「安倍より好況を実現する」

△「そのためには、日銀の緩和マネーを福祉、医療、教育、子育て支援に」
△「景気拡大が不十分な間は緩和マネーで政府支出しても問題ない」(p.99など)

→ 第2の矢の代替使い道案としては良いけれど、恒久財源ではない緩和マネーをそこにつぎ込むのは緩和縮小するときにとても困る。同時に大増税しなければならなくなりかねず、「出口」で混乱(本当に大増税&緩和ストップするなら一気に不景気になりかねないし、そうならないようにすると景気が暴走しかねない。中途半端では財政がさらに悪化する)が生じる。

 安倍ちゃんが第2の矢として公共事業を選ぶのは、乗数効果の問題だけでなく、アレは後で減らした場合の問題が比較的小さいからですね。さらに、民進党の一部や自民党内リベラル派が消費増税したがるのは、恒久財源かつ景気に左右され難い税が、景気に左右されない支出が必要な福祉には向いているからですね。


×「物価が上がったとき、生産がスムーズに拡大できるならインフレは進行しない。失業者を雇えば生産は増やせる(生産設備には余裕があるもの)」(p.105など)

→ いったい、何時の時代の話?時代錯誤。

 そもそも、イマドキ生産設備になんか余裕はないことが多い。トヨタ方式が典型だけど、各社、余分なコストを徹底的に削減してるからね。製品の世代毎に設備が違うことも多いし。また、失業者をイキナリ雇っても、スキルが無いからすぐには戦力にならない。未熟練労働者でも生産に寄与できたような牧歌的な時代じゃない。

 未熟練労働者でもなんとかなる、生産・製造設備にも余裕がある、という分野もそりゃあるでしょうけど。でも、多くの分野で、いきなり生産を拡大出来たりはしない。

 さらに、資源(原材料)も律速段階的に働くし。売れなくなったとき、日本では雇った社員をすぐ解雇出来ないから失業者雇用にも経営者は慎重になるし。様々な観点から、著者のこの見解は誤り。


△「1932年からアメリカ中銀が出したお金の量と、2001年から日銀の出したお金の量を比べると、日本は当時のアメリカに及ばない(アメリカではインフレも無かった)」(p.109など)

→ そうだけど。直前(1929年9月)の世界恐慌で生産設備が余っていた当時のアメリカでは、ものの生産は現在と異なり労働者律速だった。なので、上記著者の言うようなメカニズムが働き、インフレは抑制されたのですね。

 つまり、松尾の産業観は世界恐慌の頃で止まってるのか。


×「日銀が政府から買い取った国債は、この世から消えたのと同じ」(p.112)

→ 金融緩和を停止するまではある意味そう(利息ほぼゼロのときね)だが、停止するときに困る。国債を売って市場から資金を吸収しなければならないけれど、保有する国債があまりに膨大だと。。。

 それに、「国債を売る」(p.115)には、大雑把に言って物価上昇率より高金利にしないと売れない。日銀が保有する国債は、出口のときには低金利のものがほとんどでしょうから、そのままでは売ることが出来ない。


△「現状は直接ファイナンスと同じ」(p.117)

→ 市場でつく価格は、国債に対する信認度を知るための大切な情報。直接ファイナンスではそれをモニタ出来なくなるのでは。


△「ハドメはインフレ目標にすべき。ブレーキは増税で」(p.117など)

→ ブレーキは、それだけでは足りない。金融緩和しっぱなしではブレーキの効果には限界がある。著者は、金融緩和を唱えつつ、その効果を過小に見ているのか?それとも、上記「失業者吸収によるインフレ抑制」効果を過大に見ているのか、どちらかでは。金融緩和縮小(いわゆる出口戦略)はとても難しい。



第4章:躍進する欧米左派の経済政策

○ 欧州左派政党でウケている、流行している。

→ 出生率や移民、財政リスクなど、日本とは環境が大違いですけどね。



第5章:復活ケインズ理論と新しい古典派との闘い
  復活ケインズと著者が言うのは、クルーグマンやスティグリッツ。


× クルーグマン「日銀がインフレ目標4%を断固として約束することで流動性のワナを抜け出せる」

→ もう誰も信じていないのでは。グローバル化に伴い、中央銀行の政策だけで物価は左右出来なくなっている。緩和しても資金が国を越えて流出するし。


△「国の借金の対GDP比が90%を超えると成長率が下がる、という論文がかつてあった。実際は集計ミスでその結論は誤りだったが、その論文に踊らされて民主党は増税を決めた」(p.186〜187)

→ そういう経緯だったっけ?そうとは記憶していないんだけど。



第6章:「今の景気対策はどこで行きづまるか」

△ クルーグマンやスティグリッツ、アマルティア・セン、ピケティ、エマニュエル・トッドなどが自分(著者)と同意見。

→ 名前が挙げられているメンバーが、日本と諸外国の条件の差をきちんと認識しているかどうか不明。例えばクルーグマンは分かっておらず、この感想文冒頭に挙げたような訂正出したよね。


×クルーグマンは第3の矢に消極的で、インフレ目標を2→4%にせよと行っている。
スティグリッツも第3の矢は「格差を広げる」としている。この二人とも、トリクルダウン説には反対。著者・松尾も「3の矢には反対、新自由主義だし、成長の"天井"を上げる政策であって、現在はそれが必要な時期ではない」(p.203など)。

→ 3の矢は、産業構成の変化に対応するため、必要だと思う。決して新自由主義とイコールではない。世界の競争相手を考えれば、産業構成を変化させざるを得ず、そうなると日本社会の構造も改革せざるを得ない。松尾はグローバル化を軽視している。

 それに、失業率を下げ(主に正社員等による)完全雇用を実現するためにも、雇用のミスマッチを防止するなどのの観点から、構造改革は必要となる。でないと、単純作業の非正規雇用が増えるばかり。
(私の意見は http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1962265353&owner_id=2129235 )


△ 松尾「完全雇用での成長率は低いので、設備投資財の生産比率は低いはず。今は矛盾している」「将来は、介護や医療に重点を置くべき。アベノミクスは設備投資に偏っている」「失業が無くなったら=完全雇用になったら、もう生産を増やせない」「設備投資は過剰だ」「公共事業を更新以外は減らせ」

→ 松尾は、全体にグローバル化を軽視しているように思えるんだけど。ここでもその欠点が現れている。日本は食糧や資源・エネルギーを海外に依存しているので、介護や医療に重点を置きすぎるとそれらを輸入しづらくなり、成長が阻害されてしまう。今は江戸時代じゃないんだから、松尾さん。

 それに、今の「失業率2%台」は「実質的に完全雇用」と評価するエコノミストもいる(2017年8/27追記、さっき読んだダイヤモンド誌で見かけた)。だとするともう成長率は頭打ちなんですか?

 ただ「コンクリートから人へ」的な部分には同感。第2の矢の中身は見直されるべき。


○「インフラ更新(全部でない)」「地価税復活」


△「所得税累進強化すべき。インフレ時に自動増税になるし」(p.222)

→ 自動増税はそうだけど、でも所得税は節税されてしまい易い税。なので、消費税にこそ累進をかけるべき。大金持ちや高齢者のうち富裕な層は、"所得"がほとんど無い人が少なくないから。さらに、超大金持ちになると、タックスヘイブンを使われてしまったりするし。


×「オリンピック特需でインフレ抑制せざるを得なくなる」

→ 今(2017年夏)になっても、インフレとまでは行ってないですよね。特需効果は今のところ小さい。


×「供給力過剰ボーナスの時代」(p.232)

→ 異様に楽観的だ。。。

 著者の言い分は、上にも少し書いたけど、
「直前まで不景気だったのだから、生産設備≒供給力は余っているし、失業者≒労働力も余ってる。なので、仮にインフレになったとしても。余剰供給力と余剰労働力を使えばすぐに生産を増やせるので、インフレは悪化しない。つまり、供給力過剰の現代は、超金融緩和でガンガン財政支出してもハイパーインフレになったりしない、とても稀有でオトクな時代」
というもの。

 ところが、上述の通り、多くの産業で供給力過剰とは言えない。失業者を雇えば自動的に生産が増えインフレが抑制されるという状態でもない。

 例えば、たまにヒット商品が出ると、供給が追いつかず逆に販売停止になったりするよね?アレは、供給力が過剰だったら起こり得ない現象。食品などならまだマシで数ヶ月で供給を増やせることが多いけど。自動車のように裾野が広い産業では、各レベルで生産力(供給力)に余裕がないと、ヒット商品が出てもすぐには生産は増やせない。実際、車のヒット商品が出ても、供給ペースはほとんど代わらない、ということがしばしば見られる。これは、トヨタが典型だけど。コスト削減するため生産力をギリギリに見極め、必要最小限しか保有しないようにしているから。なので、ヒット商品が出ても供給を急には増やせない。

 製造業以外に目を転じよう。例えばソフトウェア産業。景気が良くなり受注が急増しても。設備(EWSなど)を増やすのは製造業と違って簡単だけど。でも、労働者で困る。失業者を雇ったって、必要なスキルを持っている可能性は低い。教育するにしても長い時間がかかる。若い人でもある程度かかるし、中高齢者になったらさらに長い時間がかかる。

 さらに、その好景気がいつまで続くか分からない、となると、正社員雇用を増やすのに経営者達は躊躇する。日本は、特に世間の目をひいてしまう中〜大企業は、よほどのことが無い限り正社員を解雇しづらいからね。結局、雇用を増やして生産量を増そう、という風にはなかなかならない。せいぜい、過酷な長時間残業を従業員に課すくらい。

 つまり、著者の松尾は、産業観が古臭い。なので現実的な検討が出来ていない。

 それに、既に完全雇用に近い、という説も聞く(2017年8/27追記、さっき読んだダイヤモンド誌で見かけた)。その場合、2017年夏の時点では、このボーナスは存在しないことになる。つまり、他の松尾の見解が全て正しかったとしても(私は正しいとは思いませんが)、この「供給力過剰ボーナス」がなくなりかけているのだから、今後、野党が唱える政策としては松尾の意見は不適切だ、ということになる。



 後半、読んでいてどんどん疲れてきた。徒労感。。。こりゃ、まともな政治家は全員この本を無視するわけだわ。
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