１９８２年３月３１日夜８時過ぎ、茨城県鹿島コンビナートにある鹿島石油鹿島製油所のコントロールセンターで異常が検知された。運転員８人が、異常シグナルを発し続ける脱硫装置に到着。同時に大爆発が起こり、５人が死亡、３人が重傷を負った。その間、４、５分の出来事だった。
水戸市内で連絡を受けた私は、すぐに鹿島に向かった。このころは常磐自動車もないときで、法定速度をはるかに超えるスピードで一般国道を突っ走った。私だけに限定された現象なのかどうかはわからないが、事件を担当しているときに、大きい事件や事故の急報を受けると、血液が逆流し、何かに取り憑かれたような状態に陥る。水戸市から駆けつけた記者の中では最も早く現場にたどり着いただろうと思う。
しかし、夜間に初めて見るコンビナートは私を圧倒した。はるか遠くから真正面に見えてきたコンビナートを見た時、その装置の巨大さは私の想像を超えていた。これが人間のつくったものか、と思えるほどの巨大な物体が遠くの方で不気味に横たわっていた。
近くに車を停め、文字通り爆発現場に駆けつけると、消防車が何台も横付けになり、隊員たちが懸命の消防作業に当たっていた。あたりは重油と水蒸気と消防の水とでわけのわからないミスト状態だった。わけのわからない騒音も響いていた。私は、カメラを構えてストロボを発光しながら、２次爆発のことをしきりに考えた。そのような連鎖的な爆発はしばしば起こることである。おまけに、自分自身のストロボの発光が気になって仕方がなかった。ストロボに引火することはないだろうか。
私は、重油のミストにずぶぬれになりながら、自分自身の臆病さを痛感した。一枚写真を撮っては何かの遮蔽物に身を隠し、また接近して一枚撮っては隠れる。その繰り返しだった。しかし、そんな遮蔽物は、２次爆発が起これば何の遮蔽にもならないだろう。しばらくそんなことを繰り返していると、別の角度からもストロボが発光し始めた。もうひとり無茶をする馬鹿がいるな、と私は思った。あとで確認すると、それは同じように駆けつけた私の先輩記者だった。
コントロールセンターにたどり着くと、技術者から怒鳴られた。「あんなところでストロボをたくな」と。それはもっともなアドバイスで、私はそれを甘受した。
やがて長い深夜がやって来た。記者たちは、そこここのソファや床で仮眠を取り始めた。しかし、私は朝まで一睡もしなかった。コントロールセンターには、鹿島石油全社から技術者たちが集まっている。彼らに取材しない手はない。私は、技術者をひとりひとりつかまえ、製油所のシステムについて文字通り一から勉強した。全体のシステムから爆発を起こした脱硫装置の仕組みまで、あるいは原油から石油製品が出来上がるまで。教えることをためらう技術者はひとりもいなかった。隠すべきことは何もない。あるのは、なぜ爆発が起き、仲間８人が死傷してしまったのか、その原因を突き止める熱意だけだった。
空が白み始めたころ、ようやく爆発の基点となったパイプの所在がわかってきた。しかも、このパイプは１２年間使い続けており、劣化している恐れがあることもわかった。そして、定期的な検査が義務付けられている肉厚検査が実施されていなかったことも明らかになった。そのことは、勉強、あるいは取材の過程で技術者たちは認めざるをえなかった。
早朝、技術者７、８人が、問題のパイプのところに行ってみることになった。ほかの記者たちはまだ夢の中。私はただひとり、それに同行した。技術者のひとりが指差した。「ああ、あれだ」。その破損したパイプは私のカメラの被写体となり、「肉厚検査怠る」という記事とともに大きく紙面に載った。
その日の午前中、水戸市からデスクがやって来た。あとで聞いた話だが、その時、デスクは私の顔を見て、「幽霊だ」と思ったそうだ。重油と水でずぶぬれ状態、一睡もしていない私の風体はさぞやこの世のものではなかっただろう。しかし、私の心中は晴れ晴れとしていた。全力を尽くした、文字通り一夜漬けの勉強と取材の結果、爆発の原因となった問題のパイプの写真と、定例検査を怠っていたという「スクープ」をものにすることができたからだ。
しかし、その記事と写真とで、鹿島石油は騒然となった。「なぜ、あんな写真が撮れたんだ」、「なぜ肉厚検査をしていないことがわかったんだ」と。総務部長がやって来て、私を誰もいない会議室に呼んだ。そして、私に接近すると、下からにらみつけながら私の顔の前に人差し指を突き立てた。「いいか。お前の首を取ってやるぞ」と言いながら。
私は記者になってまだ１年、このように直接脅されたのは初めてだった。それからおよそ１時間、実にイヤな気分だった。本当に首を取るのだろうか、どうやって？ しかし、やがて簡単に忘れてしまった。写真のパイプも、書いた記事も事実であり、事故原因を調べるうえで役に立つにちがいない。抗議のしようもないではないか。
その夜は旅館に泊まり、泥のような熟睡のあと、翌朝、晴れ晴れとした気持ちでハンドルを握った。
しかし、総務部長の脅しなどかわいいものだった。その後、私は、様々な問題で何回となく脅しと圧力を受け続けた。しかしながら、それらのことは、ここで記すことはないだろう。
ログインしてコメントを確認・投稿する