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2017年01月13日03:10

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クローズアップ現代『この世界の片隅に』で、語りきれなかっただろうこと

「この世界の片隅に」をNHK「クローズアップ現代+」が特集 戦時下の日常が今響くのはなぜか
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=4379782

 渋谷天外さんの役が、周作とすずさんに、「お客さん、そりゃ今せにゃならん喧嘩かね」と仲裁する駅の計量係だと分かったのが一番の収穫かな。多分、明日には誰かがWikipediaに書き込むことであろう(笑)。
 改めて、のんさんを見ていて、その透き通るような美しさにビビった。美人系かカワイイ系かと言われたら、大半の人が、カワイイ系だと答えると思うけれども、それは彼女が自分を「崩した」役を演じてきたからで、基本、彼女はものごっつ美人なのである。それを自在に崩せるのが彼女の「演技力」なので、すずさんの演技が、彼女の頂点の一つであることは間違いない。
 すずさんは自分のことを「ぼーっとしとるけえ」と言うが、実はいろんなものをしっかりと見ている。ぼーっとしとるのはその通りだが、故意に見て見ぬふりをすること、気づいていて意識の奥底に沈めて気づかないようにしていることも多々ある。でもそれが人間の「普通」だ。
 あの時代、日本人の多くが、現実を「見て見ぬふり」していた。大本営発表では、日本軍は連戦連勝やのに、なしてこげに空襲がありよるん? 日本が神国なら、なして神風はまだ吹かんの? そんな普通の疑問を抱かない者はいなかったが。それを口にすることが憚られていたのもあの時代だった。番組では、戦争のさなかでも、笑う日もあり、日常を積み上げていく尊さを謳っていたが、それもまた現実逃避の一つであったことを、私はあの映画から感じ取っている。

 敗戦の玉音放送を聞いたすずさんの慟哭、その後の述懐、映画では次のようなモノローグ・心の声が静かに呟かれる。
 「海の向こうから来たお米…大豆…そんなもんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。じゃけえ、暴力にも屈せんとならんのかね」
 原作から大幅に改変されたことで物議を醸したセリフだが、原作では「暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね」というものであった。

 原作での「暴力で従えとった」というのは、日本軍が日本国民を、ということである。そういう国が、米英の「暴力」に屈しなければならないのは、結局は「強いものが勝つ」「勝ったものが正義」というタームの中に自分を閉じ込めてしまっている。
 しかし、「海の向こうから来たお米」…これは、自分たちの食料が、戦時中からずっと、植民地からの徴収米であることを知っていたということである。自分たちが「加害者」であることを、本当は知っていたということである。「侵略」という言葉こそ浮かばなかっただろうが(そういう概念が当時はない)、すずさんたちの日常は、海外からの搾取で成り立っていた。その「報い」が、敗戦であった。
 原作でのすずさんの敗戦の自覚は、イデオロギー的であり、観念的である。そして責任は日本軍に、国家にあるという、自身の責任を回避する思考すら感じられる。しかし映画のすずさんは、侵略の恩恵を甘受していた自分をはっきりと自覚している。映画が原作を超えていると判断するのは、まさしくこの描写、台詞の改変にある。
 『この世界の片隅に』について、「反戦映画ではない」とか「戦争のさなかでも日常の大切さを描いたもの」とか言って賞賛したり、逆に「加害者意識が描かれていない」と批判したりするのは、いずれも表層的な評にすぎない。むしろ、変わらぬように見える日常が、戦争への加担へとすり替わっていく恐怖を描いたものと言った方が適切であるように思う。

 出征する兵士に向かって、「こんなバカげた戦争で死ぬな。生きて帰ってきて」と伝えた家族はそうはおるまい。多くの家族が、心の底はともかく、「立派に戦ってきてください」と、夫を、息子を、旗を振って送り出していった。それが戦時中の普通であり日常だった。
 明日死ぬ、女学生たちの行列――これもまた、片渕監督が加えた原作にはない描写である。そこにも、戦争に加担していることに無自覚な人間の悲劇が象徴されていると見るのは穿ち過ぎだろうか。
 戦争中は、どの国でも、誰でも、すずさんのようになってしまう。すずさんを「地続き」と感じるのならば、仮に、今、この国が戦争を始めたとして、自分が異を唱えることができるのかどうかを想像してみればよいと思う。
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