ホーム > mixiユーザー(id:1833966) > mixiユーザーの日記一覧 > 尖閣諸島の日本領有を裏付ける最古の地図発見;スターリニスト中国の妄論を撃つ日本人少壮研究者の努力

mixiユーザー(id:1833966)

2015年10月24日03:30

428 view

尖閣諸島の日本領有を裏付ける最古の地図発見;スターリニスト中国の妄論を撃つ日本人少壮研究者の努力

 日本がまだ鎖国の中にあった江戸時代後期に、尖閣諸島が国際的には日本領と認識されていたことを示す地図が、このほど発表された。長崎純心大の石井望准教授が、インターネットの古書店で、その地図の存在を見つけ、自民党の国際情報検討委員会の9月17日の会合で発表した。

◎琉球に含まれることを示した江戸時代末のドイツの地図
 それによると、地図は1804年のドイツ製の地図で、尖閣諸島が琉球に含まれることを示すように琉球と同色で塗られ、台湾との間に国境を示す線が引かれていた。
 この地図は、1780年代に尖閣諸島周辺を探索したフランスの航海家の情報に基づき、ドイツの地図製作者が1804年に作成したものだ。
 石井准教授によると、これまで尖閣諸島が琉球に含まれることを示す地図は1868年(明治元年)のドイツ製のものが最古であったので、これで尖閣が琉球に属することを示す地図は60年以上も古くなったことになる。
 当時、琉球王国は薩摩藩の付庸国(ふようこく=従属国)だったので、その統治体制を受け継いだ日本に尖閣諸島が帰属することは明らかである。

◎明治草創期にも日本領の認識
 またその後の1868年発行のドイツ製の地図「ハンド・アトラス」では、尖閣諸島・久場島を示す「Hoapin−su」の西側にラインが引かれ、尖閣諸島が「日本領」として、琉球併合前の沖縄と同じ色分けがされていた(写真)。
 こうしたことから西欧では、尖閣諸島が琉球に属するという認識が一般化していたことが分かる。遠い、小さな島への関心は乏しかったにせよ。
 赤色帝国主義中国が「日清戦争を通じて、日本が尖閣を奪った」とする主張は、何ら根拠のないことがまたしても証明された。

◎中国の古文献では尖閣は「無主の地」
 なお石井氏は、以前にも尖閣諸島が日清戦争以前にも、長い間「無主の地」であったことを中国古文献を基に明らかにした、漢文学が専門の少壮研究者だ。
 明治政府が尖閣諸島が無主の地であることを確認し、日本領と宣言し、沖縄県に編入したのが1895年(明治28年)である。
 したがって中国の主張するように「日清戦争(1894年〜1895年)を通じて、尖閣を奪った」というのは、全く当たらないのである。ちなみに明治政府の尖閣領有の閣議決定は、日清戦争終結の年と同年の1895年だが、閣議決定は1月14日であり、日清戦争の終結はその10カ月後の11月30日である。
 石井氏のような無名に近い少壮研究者が、尖閣諸島関連の古い文書、地図を発掘し続けていることは心強い。

昨年の今日の日記:「北朝鮮ならず者集団、ロシアという新たなカードを入手;ポーランド紀行:鉱夫のディオラマ」


4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する