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2015年07月08日14:54

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【箱庭】

嘘つきは私だけ・・・

そう呟いて、黙々と砂をいじる彼女は、真剣なようで、どこか違う世界を見ているようだった。

【箱庭】

先生はそう呼んでいた。箱の中に入った砂に、人形を置いたり、物を置いたりして自分の世界を作るらしい。

よくわからないけど、僕はそれがあまり好きじゃなかった。

砂のじゃりじゃりした感じや、生暖かいような冷たいような無機質な感じが、僕には気味が悪くて仕方なかった。

「あら、国井さんはまた箱庭をやってるのね。気に入ったの?」

先生が僕たちの教室に入って来た。

まあ、教室って言っても、彼女・・・国井小枝子と僕・・・臼井翠しか居ないのだけれど・・・。

僕と国井さんはいわゆる不登校ってやつで、【心の部屋】っていう特別教室に登校していた。

僕がここに通うようになったのは、中2の2学期から、何となく教室に行きたくなくなって、2週間休んだのがきっかけだった。

別にいじめられたわけでもないし、勉強についていけないわけじゃない。むしろ僕はどちらかといえば成績はいい方だったし、ごく普通のノーマルな生徒だったから、先生たちも首をかしげていた。正直、僕だって首をかしげているんだから、先生たちにわかるはずもない。

国井さんは、僕より1つ下の学年で、入学直後からいじめが始まったらしい。5月から1学期はずっと学校を休んで、2学期からここへ通うことになったらしい。心の部屋では僕より少し先輩だ。

国井さんとは、いじめについては話したことはない。先生もそのことには触れないでいる。だから本当は僕が理由を知っているのはおかしいのかもしれない。でも、僕には、学校のちょっとした情報が入ってくるくらいには友達がいた。

国井さんは、「ブス」なんだそうだ。いつも、髪をとかしたり、念入りに脂取り紙を使ったり、時には、トイレで洗顔して化粧水を付けていた・・・らしい。それを女子が「ブスのくせに」と言いはじめたのがいじめの始まりだったらしい。

僕から見たら、国井さんはとてもきれいな子だった。目が大きくて、鼻筋が通っていて、唇も程よくぷくっとふくらみがあって・・・一つ難があるとすれば、ニキビがちらほらあるくらいだった。

きっと、国井さんは自分の肌がきれいではないのがコンプレックスだったのだと思う。だから、念入りに脂取り紙を使ったり、トイレで洗顔をしたりもしていたんだろう。髪をとかすのも、女子は誰でもやっていることだし、国井さんだけがしてはいけないということもない・・・そう思うのだけれど・・・。

「でもさ、可愛い子ほどねたまれるじゃん?あのこそれじゃね?」

友達の一人は言った。確かにそうかもしれない。僕には女子のことはよくわからないけど、そういうことがあるのかもしれない。だからって、いじめたりするのはおかしいと思うけど、彼女は自分が悪いと思いこんでいるらしい。



「あのさ・・・」

国井さんの手が止まった。

「それ・・・楽しい?」

先生が出て行ったあと、思い切って声をかけてみた。

国井さんはまた何も言わずにまた黙々と砂をいじり始めた。

実は、僕は国井さんとまともに話したことがない。国井さんは人と話せなくなったのか、時々独り言をいう以外言葉を発しない。先生も、僕もほとんど諦めているし、原因がわかるだけに何も言えないのだけれど、二人だけの時間が多い僕にとっては苦痛だった。

いつも同じなのだけれど、国井さんの箱庭には何も存在しない。砂の位置が時々変わるだけ。人形や、物を置くってことを一切しない。もしかしたら、国井さんは箱庭を作っているんじゃなくて、砂遊びをしているだけなのかもしれない。ずっとただひたすら砂をいじっているだけなのだから。

今日も僕はあきらめて、教科書と問題集を見つめて、勉強を始めた。勉強はそんなに難しくないから、一人でもできるし、ここなら誰も僕を見ていない。まあ国井さんはいるけど、彼女は僕にひとかけらの興味もないし、ずっと気が楽だ。



「翠!たまには教室来いよ!」

廊下で仲の良い友達に声をかけられた。

「え?なんで?」

なんでというのもおかしい話だ。教室へ行くのが【普通】なのだから。

「来年から受験始まるし、その前に思い出とか作っておかなくていいの?」

「思い出・・・ねぇ・・・。」

よっぽど僕がつまらなそうな顔をしていたのだろう、友達はあきらめて、また今度なと苦笑いして教室の方に歩いて行った。



教室・・・。

あそこは世界から隔離された異空間だ。誰も何の疑問も持たずにあの空間の中へ吸い込まれていく。そして、あの空間で起こったことは、すべてあの空間で処理しなければならない。何者の介入も許さない。きっとあの空間に暖かさを求める人間が【思い出】を欲しがるのだろう。僕にとっては冷たい空間でしかなかったのだけれども。

思い起こせば、ぼくには思い出という思い出がない・・・気がした。記憶はあるのだけれど、それが思い出かというと首をかしげてしまう。幼稚園の遠足で食べた牧場のソフトクリームでお腹を壊したとか、小学校の運動会のクラスリレーで自分のクラスが優勝したとか、小学校6年の時に行った林間学校で、女子の部屋に忍び込んで、皆でトランプをしたとか・・・。

友達は皆その時の話になると楽しそうに、笑ったり、涙ぐんだり、軽く怒ったり、とにかく、何かリアクションを起こす。僕にはそれができなかった。どんな話を聞いても、誰よりも詳細に思い出せるのに、感情の記憶がどうしても思い出せないのだ。それがきっと、僕には【思い出】が作れない理由なのだと思った。



ある朝、心の部屋へ登校した僕は、いつも僕より早く登校している国井さんがいないことに気が付いた。たまには遅れることもあるだろう、と気にも留めなかった。僕は、自分の勉強を始めた。ふと、国井さんの机の下に一枚の紙切れを見つけた。四つ折りのルーズリーフだった。僕は何気なくその紙を拾って中身を見てしまった。

「小枝子ちゃんへ、皆で意地悪なことをいってごめんね、無視したりしてごめんね、掃除用具入れに閉じ込めてごめんね、下着姿を写真に撮って男子に見せてごめんね、スカーフ赤く染めてごめんね、ずっと謝りたかったけど、いじめられるのが怖くて、謝れなくてごめんね。この手紙のことは誰にも言わないでください。私も怖いんだ。ごめんね」

読んだ事を後悔した。送り主のわからないこの手紙は、謝罪文なんかじゃない。いじめの内容もひどいと思ったが、この手紙を送ってきたやつもひどいと思った。確実に国井さんの心の傷をえぐっただろう。思い出したくない過去を思い出させて、自分は安全な位置から心の重荷を国井さんだけに押し付けて、逃げ場を作っている。こんな手紙を読んで国井さんが許してくれると思ったのだろうか?それとも、許されることなど初めから期待していなかったのだろうか?教室のはしに置かれた箱庭に目をやった。箱庭には女の子の人形が、砂に沈めてあった。ぽつんと女の子が一人だけ・・・。



国井さんはもう、学校には来なくなった。教室に行ってるわけでもないようだ。当然だろう、あんな手紙をもらったら、もうここに来るのも辛くなるだろう。教室から逃げても、いじめは彼女の手を放してはくれないのだから。

その日から僕は勉強が手につかなくなった。何度も机に向かうのだけれど、集中力が続かない。気が付くと、何度も箱庭を眺めていた。

ああ、そうか、僕は安心していたんだ。自分が一人ぼっちではないことに。一人の方が気が楽だと思っていたのは、大きな勘違いだった。国井さんがいてくれたからこそ、僕はこの教室に通うことができた。学校に来ることもできた。思い出が作れない僕に干渉して来ない、唯一の大切なクラスメート・・・それが国井小枝子さんだったんだ。

僕は、箱庭の前に立った。砂を動かす国井さんの気持ちを考えた。何度も、何度も。

(嘘つきは私だけ・・・)

ふいに、国井さんの独り言を思い出した。あれはどういう意味だったのだろう?

もしかしたら、国井さんは、空想の世界で自分の楽しい思い出を作ろうとしていたのではないだろうか?でも、まじめな彼女は嘘がつけなかった。だから、箱庭に物が置けなかった・・・。そうだとすれば、この砂に埋まった女の子は、過酷な現実に埋もれていく国井さん自身ではないだろうか?

僕は、女の子を砂から取り出して、箱庭を作り始めた。砂の感覚は相変わらずで、気持ち悪くて、なんどもやめようかと思ったけれど、今やめたらずっと後悔するような気がして箱庭を作り続けた。

「よし、完成。」

僕の箱庭には女の子と男の子そして、四角い箱。

色々並べてみたりしたけれど、これが一番だと確信した。僕と国井さん、そして箱庭。それが僕たちの世界。国井さんが求めた空想の世界とは全く違う世界だと思う。だけど、僕にはとても優しい世界。今の僕が許される唯一の世界。

箱庭が完成して、僕は机に向かった。箱庭を作る前よりずっと勉強がはかどった。

国井さんはそれからずっと心の部屋には来なかった。転校したという話も聞かないから、きっと、不登校のままなのだろう。

僕は、待っている。箱庭に残された国井さんの思い出と一緒に、国井さんのことを。今度はもっとたくさんいい思い出ができる気がするから、ずっと待っている。









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