昨晩、またしても宿舎でどんちゃん騒ぎをやった。
東京本部から客人が来たので、一席囲んで乾杯の音頭を取って、ワイガヤしながらハイボールを呑んだら気持ちよくなって。 店を出たところで、みんな、おいらの部屋にくるかい
と声をあげて、イエーイ
と手をあげた男三人女一人を伴って、いつものセブンイレブンでワインやアテを買って。
イエーイ
したわけだ。 80年代ロック大好き女子のリクエストに応えて、YouTubeでボンジョビやらこういうのやらを流したりしながら。
Journey - Don't Stop Believin' (Live in Houston)
https://www.youtube.com/watch?v=VcjzHMhBtf0
やっぱさ、こういうワイガヤは楽しいね。
先週帰省したときは家族でやった。 日曜の昼下がり、僕のおふくろさんのとこに皆でご機嫌伺いに行って、そのあと最寄りのイタ飯屋に入った。 長男の29歳のバースデイパーティーをしようってんでね。
妻 「この季節のコース1800円がよさそうだわ」
男三人 「俺らも」
僕 「酒代は俺が持つ。この一番安い2500円の赤を1本入れよう」
長男 「俺はワインはダメだ。ビールがいい」
妻 「わたしはアルコールはいらない、フリードリンク付きだからジュースにするわ」
で、乾杯して、食って、呑んだ。
「この明太子チキンいける」 「しかし、イタリアにも明太子ってあるのか」
「シェフの創作料理なのよ。スペイン料理にも明太子が出てきたでしょう」
「この薄地のピザ美味しいわ」 「俺はピザハットみたいな分厚いのが好きだ」
「薄いのはローマ風、厚いのはシチリア風、どっちもよいのだ」
僕 「それにしても29か。俺が結婚した年だ」
妻 「わたしは29のとき二人子供がいたわ」
僕 「で、どうなんだよ、彼女とは」
長男 「どうもなってない、昭和の発想だ、それ」
次男 「たしかに昭和だ」
僕 「今のうちに言ってろ、元号が変わったらお前らも平成の人になるんだから」
その平成の旬ネタのこともだべった。
僕 「お前、昨日、真夜中に帰ってきて居間でテレビ見てただろ、うるさかったぞ」
長男 「ああ、わりぃ。弱虫ペダルを見てたら、止まらなくなった」
僕 「ああ、あれか、ヒットしてるようだけど、俺は見てない」
長男 「あれはいいぜ、俺はロードバイクを買おうと思ってるくらいだ」
次男 「俺も好きだ。久々に出たスポーツものの傑作だ」
妻 「なに、その弱虫なんとかって?」
僕 「ロードレースのアニメ。長いんでさ、しんどいので見る気がせん」
息子ら 「おじんにはわからんだろうなあ」
僕 「おじんだって、わかるものはわかる。JKチャリものにいいのがあった」
長男 「南鎌倉高校だろ、クソアニメだ」 次男 「クソだな」
僕 「俺は好きだったけどなあ。ろんぐらいだぁす!もよかったぞ」
一同 「おとん、ほんとに還暦なのかよ」
で、デザートのティラミスを食べて珈琲飲んで、ランチパーティーをお開きにした。
僕と次男はJRでそれぞれの宿舎に帰った。カミさんと長男は自転車で自宅に戻った。
実に満腹になってねえ。その日結局、僕は大阪の宿舎に戻ってから夕飯を抜きにした。
まあ、そのアニメのことについては。。ご同輩、すいませんねえ、こんなのが昭和の代表みたいな顔をしてくっちゃべって。
でも、実際、いいものはいいんだよ。
このショートアニメを見てみてよ。 ほんのちょびっとの短篇だから。
https://www.youtube.com/watch?v=MnAcOC-hgrQ
いいでしょう、これを作ったアニメーターは生粋の自転車乗りだった男だ。 実際、僕のヲタ仲間の総帥もこれがネットで発表された当時、ペダルの描写がパネェと喝破してた。
そして、声をアテてるのは二人だけ。 主人公の男女高校生からツール・ド・フランスのチャンピオン、アナウンサーに解説者、高校教師に茶髪JKまで全部同じ人。 現代を代表するトウの立った声優、林原めぐみと山寺宏一。 名人芸だと思うなあ。
このように自転車というものは、特に学生時代はなくてはならないものだった。
僕は思うんだけど、子供のとき、誰もが体に覚えさせないといけない修練が二つある。
自転車と水泳だ。
僕自身の記憶をひも解くと、水泳の浮き輪なし初体験はわりかしよく覚えてる。 幼稚園児だったかのとき、秋川に何組かの家族でキャンプに行った。 そのとき顔を水につけて足を伸ばしたら、川に体が浮いて、流れに乗ることができた。
自転車の方は補助輪なしで乗れるようになったのは、いつ頃どういうシチュエーションだったかなあ。 当時女学生だった伯母さんに練習を手伝ってもらった記憶がそこはかとなくある。
一方、息子らの自転車練習は僕が手伝った。 長男が横浜、次男が仙台。 二人とも当然転ぶ。 膝っ小僧をすりむく。 そうやって、ついに乗りこなせるようになったときの歓喜の声と顔は忘れがたいものの一つだ。 まあ、それから幾星霜して、イタ飯屋で酒を酌み交わして、こっちのことをおじん扱いするようになったんだけど。
映画にも忘れがたい自転車シーンはいくつもある。
例えば「大脱走」だ。
あれはスティーブ・マックィーンのバイクシーンが話題になって、たしかにカッコよかったんだけど。
結局、マックィーンは鉄条網の向こうのスイスには行きつけなくて、再び独房で一人キャッチボールをすることになった。
一方、そういうド派手はなくて、かっぱらった自転車をのんびりこいでたジェームズ・コバーンは数少ない逃げおおせた男の一人になった。
自転車群像もあった。 「ブラック・レイン」だ。
ラスト、松田優作と若山富三郎が対峙する製鉄所。 あそこに出勤する作業服の人たちの自転車の波。 僕は前の会社のときに実際にあの製鉄所に何回かお邪魔したことがあってね。 あの風景が作りごとじゃないのを知ってるんでねえ。 こういう風に大阪の工場を舞台に持ってくるかあ、やるなあ、リドリー・スコットだったよ。
そして定番。 映画史上もっとも美しい自転車相乗りシーン。
ここはやっぱり、映像を見て、唄を聴きたい。
Butch Cassidy and The Sundance Kid 明日に向かって撃て / 雨にぬれても
https://www.youtube.com/watch?v=hUVpYENQJMg
バカラックの「雨にぬれても」、いいなあ。
そして、自転車乗りの歌うたいはわが日本にもいた。
僕は大分前に読んだ若いマイミクさんの清志郎兄ィのことを綴った日記のことが今でも印象に残ってる。
そのマイミクさんの友達が仕事をなくして故郷の田舎に帰ってたときのこと。 友達は街角に座り込んでぼやーっとしていた。 そのとき、頭上から「元気出せよ」という声がかかった。 彼が振り仰ぐと、ロードバイクにまたがった清志郎兄ィが顔をくしゃっとさせてたというんだ。 茫然として見送る友達を後にして、兄ィのロードバイクは夕暮れの街に消えていったそうだ。
忌野清志郎。日本を代表するロックンローラー。2009年5月2日没。享年58歳。
といえば、名セリフ、「日本の有名なロックンロール」だね。
ボーカルもバックバンドも観客も皆中年。 日本のおじん、おばん、若いのにまったく負けてないぜ。
忌野清志郎 上を向いて歩こう
https://www.youtube.com/watch?v=D9qWl0RC8k4
ああ、在りし日の兄ィのステージを見たら、もう一曲聴きたくなっちった。
もう今は 兄ィは どこにもいない 朝早く 目覚ましが 鳴っても
タイマーズ デイドリーム・ビリーバー
https://www.youtube.com/watch?v=x8PK6dPH14c
ということで最後も歌で締める。 昭和を代表する自転車の歌。 といっても僕は「和製プレスリー」小坂一也のオリジナルは聴いたことがない。
じゃあ、なんで知ってるかというと、相棒のろまさんがカラオケでこれをよく歌うんだよ。 そんなんで、ろまさんの歌声しか知らないので。
我らが昭和の歌姫のカバーで聴いてみたい。
岩崎宏美 青春サイクリング 1976
https://www.youtube.com/watch?v=U7UxB1T5-xg
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