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2015年05月26日12:15

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扇田さんのこと

 亡くなった扇田昭彦さんと私とは、おそらくひとつきりしか接点がない。ただ、そのことについては、書いておきたい。
 いまも多分続いているのだろうが、朝日新聞は年末回顧の欄を演劇でも持っていて、扇田さんが現役のころは、その欄を毎年執筆していた。識者5人だかが、その年のベストと考える舞台を5つ選んで、それが欄外に載り、そこにあげられた作品を軸に、その年の回顧記事が載った。
 1991年のことだ。そのベスト5を選べと、扇田さんが私に言ってきた。断る理由がないから引き受けたが、常識的には狂気の沙汰である。発行部数三桁代前半の、誰も知らないミニコミの編集者だ。しかも、そのころは、他の媒体では劇評を書かなくなっていた。掲載後、先輩の劇評家で「なんで小森なんだ」と言った人がいたらしいが、当然の反応である。ただし、私には、扇田さんの意図に心当たりがあった。
 以下書くことは、私の推測で、扇田さんに確認をとったわけではない。
 その年の舞台で、私はシェイクスピア・シアターの「ペリクリーズ」を褒めていた。そのころ、シェイクスピア・シアターをマークしている人はいなくて、松岡和子さんでさえ、初日通信で褒めてたから観に行ったと言っていた。風の噂で、扇田さんも「ペリクリーズ」を評価しているらしいと聞いていた。年末回顧の話があったとき、反射的に思い当ったのは、私は「ペリクリーズ」に一票入れるために選ばれたのだろうということだ。他に確実に選びそうな人がいなかったに違いない。もう一本、東京サンシャインボーイズの「ショウ・マスト・ゴー・オン」の初演も、この年だったが、こちらではないような気がした。これはカンである。事実、年末回顧が掲載されてみると、「ショウ・マスト・ゴー・オン」は私と小田島雄志さんの2票が入っていて、それは、私がいなくても票が入っていたということだ。
 年末回顧は、選ばれたベスト5を軸に執筆される。悪意をもっていえば、ベスト5選出作品名をすべて織り込んで作文を書きなさいという試験問題の解答に似ている。そこに選ばれていない舞台をわざわざ加えるのは、不可能ではないのかもしれないが、かなり目立つことであった。演劇関係者が100パーセント読む記事である。扇田さんは慎重にコトを運んだのだろう。私は「ペリクリーズ」をベスト5に入れ、私だけがベスト5に入れていた。回顧記事には、扇田さんの「ペリクリーズ」に対する賞賛の評価が書かれていた。
 私は扇田さんの柔軟さに舌をまくとともに、評価を残すことに対する執念に頭が下がった。くりかえすが、初日通信編集長を朝日新聞の年末回顧ベスト5選出者に選ぶということは、殿ご乱心と思われても仕方のないことだった。それを、敢えてしたのだ。
 私はベスト5を選び、入稿したが、その後、12月に入って素晴らしい舞台があったので、差し替えたい旨の電話を入れた。代わりに落とした作品は忘れたが、ZAZOUS THEATERの「ソカ」に差し替えたことは覚えている。締切直前までねばることが、私の存在意義だろうと思ったからだ。扇田さんは差し替えを面倒くさがることなく、むしろ、喜んでいるような声で言った。
「『ソカ』は面白かったですか」

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