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2018年06月20日15:59

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「話供養」と称して会食3つ

思えば父も母も「話供養」
という言葉が好きだった。

だもんで私の細胞にはこの習慣が
沁みついているようでこの10日の中で
3件の話供養が自然に起きた。

一つは10日の雨の日曜に
両親と仲が良かった親戚の94歳の
独身女性のお宅を
デパ地下弁当を持って訪問。
これは今回の母のことが起きる前から
高校時代の友人のコンサートが
偶然にもこの女性の住んでいる
永福町であることがわかり、
「これはどちらも行かねば」
と父の話供養と思って
前から計画していたことだった。
伺ってみると大正生まれのその人は
独りで凛々しく暮らしていた。
ゆっくりした動きだけど
コーヒーを淹れたり、
アップルパイを出してくれる姿に
30年後のわが姿を重ね合わせ、
人生の社会科見学のようだった。

2つ目は母と親しかったご近所さんとランチ。
葬儀までの間、私が「遺体安置所に通っている」
と言ったら「一緒に行きたい」と言ってくれて。
というのも我が家は間口が狭く
棺を立てないと入らないので
葬儀屋さんに預かってもらっていた。
母は肉好きだったので帰りに
「駅前のグリルレストランで
がっつり食べましょう」とお誘いした。

3つ目は義妹のご両親が根室から
葬儀のために出て来ていて
滞在ホテルが池袋とのことなので
思い切って声をかけ
大塚にある卒業生が営む飲食店に
お連れした。
※アマナ→ http://www.flowreading.com/amana/

それぞれ昔話をしたが
母はとにかくそそっかしくて
楽しい人だったので、
エピソードに事欠かなく、
笑って笑って時間が過ぎた。

涙は未だ出てこない。
でも「これでいいかな」とも思うし、
これから淋しくなるのも「またよし」とも。

こんな時、春樹先生
(村上春樹さんね(#^.^#))が
いいことを言っていたなと思って
『ダンス・ダンス・ダンス』をめくったら
ページが折ってあった。



”人というのはあっけなく死んでしまうものだ。

 人の生命というのは君が考えているより
 ずっと脆いものなのだ。

 だから人は悔いが残らないように
 人と接するべきなんだ。

 公平に出来ることなら誠実に。

 そういう努力をしないで
 人が死んで簡単に泣いて
 後悔したりするような人間を
 僕は好まない。
 個人的に。” (講談社文庫)

 はい!春樹様に嫌われないように、
 そうします!
 (*^^)v

ところで「話供養」という言葉は
よくある言葉と思っていたが
先ほど検索してみたら
「供養」は出てくるけど
ずばりの「話供養」は
一件しか出てこなかった。
でもよき文化、風習だと思うのよね。

【補記】
(1)会社のHPを6/1付で更新。
   http://oneself.life.coocan.jp/

(2)5/26付で認定トレーナーによる
   全国のワンセルフカード セラピスト認定講座の
   開講状況を更新
   http://orion-angelica.jp/oneselfcard/

(3)この内容とはまた違う観点で綴る
   「ワンセルフカードの広場」
   http://ameblo.jp/oneself2012/



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