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2014年12月19日05:01

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宮下眞二 『英語文法批判』 (XIII) 7C(終了)

 最後に、いはゆるプロパーの英語学者ではない学者への影響として、中部大学の三浦陽一教授の例を挙げる。三浦教授は政治思想史専攻で、米国の大学への留学経験があり、ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』(岩波書店)の共訳者でもある。この三浦教授が、自身のブログ「ごきげんようチャンネル」で繰り返し三浦つとむ、宮下の言語過程説を取り上げ、宮下を「天才」と呼称するのみならず、ほとんど毎日更新してゐたブログの執筆を3月に休止し、言語過程説に依拠した体系的な英文法の執筆に着手したといふ。その完成を刮目して待ちたい。(宮下への言及の一例はhttp://soundsteps.jugem.jp/?eid=705、論文の一例はhttps://office.nanzan-u.ac.jp/cie/gaiyo/kiyo/pdf_11/kenkyu_02.pdf

 このやうに数こそ少いが、宮下の理論を摂取し、利用する人々が確実に存在することは筆者にとつても喜ばしいことである。

 さて、引用だらけの文章を長く書きすぎてしまつた。『英語文法批判』といふ著書が、一体何部出回つたのかはわからないが(おそらく数千部であらう)、いつたん世に出てしまへば、少部数であらうが、著者が亡き人であらうが、それを読んで何かを考へる読者が存在する限り、それ自身の生命を保つものだ。小生の手元には、この本が3冊ある。一冊は初刊当時に予約購入したもの、一冊は近年ネットオークションで入手したもの、もう一冊は、これも近年、神田神保町の古書店で手に入れたものである。

 今回、不完全ながらも宮下の理論を祖述してみて、改めて傑出してゐた点がわかつたと同時に、実感として理解できない、または納得しがたい個所もいくつか残つた。それは筆者が、まがりなりにもここ数十年、英語に関連した職務に従事してきたからこそ感じた点であり、そのやうな経験に照らして、宮下の理論を検証する必要を痛切に感じてゐる。自身の命数を考へる年齢になつたためか、多少なりとも自分の経験を生かすことができないかと考へるやうになつたためか、とにかく、いづれそのやうな報告ができればいいと思ふ。

 最後に、宮下の死去前後の事情を描いた増田春樹の文章(『英語はどういう言語か』の「宮下さんの死と宮下紀行」)と、宮下の最初の著書『英語はどう研究されてきたか』の「はしがき」から引用したい。

   「その宮下さんが、自らの命を断ったのは、一昨年(昭和五十七年四月四日未明)の熱海での事であった。迂闊にも、私は彼の北見での生活について殆ど何の関心も抱いてない事に気付いたのは、死の前年の十一月、横須賀さん(三浦つとむ夫人)から、彼の所在についての照会があった事によって知らされた失踪の事実によってであった。その後、何度かの失踪の事実を聞くにつけても唯々心を痛めるばかりであった。その日、横須賀さんから彼の訃報を聞いた時この思いは後悔の念となっていた。(略)

   知らせを聞いてすぐに私は熱海へ向かった。早速熱海警察署に向かい父上とお会いした。当日は日曜日で署内はひっそりと静まりかえっており、二階に父上と警察官一人がいるきりであった。一時間程で四人の兄弟姉妹が到着した。すぐに署内の霊安室に案内され、懐かしい宮下さんと会った。いつものように無精髯の彼であった。亡骸を納棺した後近くのお寺に安置した。宿はすぐ近くの旅館にとった。写真のない葬式(仮葬儀)は寂しいというので、横須賀さんを通じて「翻訳の世界」の方に当日手配していただいた。その日は雪も降り出し、吐く息も白い程の寒い日であった。お昼頃奥さんとその御両親も北見から到着した。(中略)ひつぎの中には宮下さんの三冊目で最後の著書となった『英語文法批判』(彼はまだこの本を手にはとっていなかったのである)と『英語はどう研究されてきたか』(処女出版)と『現代言語学批判』(実質的に彼の編著である)の三冊を納めた。彼はこの三冊の本を残してこの世を去ったのである。市営の火葬場で荼毘に付し、私達は御遺族に別れを告げ帰路についた。」
(『英語はどういう言語か』213−214頁)

   「最後に身内のことですが,達者でいれば一番喜んでくれた筈の亡き祖母と母の霊にこの出版のことを報告します。そしていまも元気に医療に従事している父にもこのことを報告します。子供の頃を振返ってみますと,学問と芸術に対する憧れと尊敬を私に初めて教えてくれたのは父であったからです。

   1979年8月
 宮 下 眞 二」
(『英語はどう研究されてきたか』5頁)

 『英語はどういう言語か』に掲載された学友・橋浦弘喜の追悼文によると、開業医であつた父君は、宮下の死に際し、「研究のために、生きていて欲しかった」いふ言葉をもらしたといふ。

(了)

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