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2018年08月03日11:41

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クラナドSS  ー斑藤ー 3


  ※
相も変わらず白い空間。
今回は声も音も聞こえなかった。
いや、正確には一定のリズムを刻む電子音。
その音で状況を理解した。
理解した瞬間、あたしはまたゆっくりと揺らぐ世界に身を投じた。

  ※

中庭の木々に止まるセミがアブラゼミからヒグラシに変わりはじめた。だがまだ太陽高く、うだる暑さの最中だ。
「あー。あっつい」
杏はもう今日何回目になるかわからない言葉を口にした。今日は塾が休みで気晴らしに街に出ている。といってもこのくそ暑い中に出ている人はまばらで商店街のコンクリートはただただ陽の光を照り返すだけである。
そんなまばらな街に気晴らしに出る杏はやめるべきだったと後悔した。自販機で炭酸飲料を買い口にしながら帰ろうとする杏の視界に整形外科の看板が見えた。あの日、春原にもしかしたら朋也の腕が治るかもしれない、可能性はゼロじゃないと言う言葉が深く心に残っており、まさかと通りすがりがてら中を見る。
「いるし……」
朋也は整形外科の待合室にいた。
右肩を診察されているのか看護士に腕を持たれながら動かされている。
余程痛いのか時折朋也の顔が歪む。
このところの朋也の心変わりは大きく杏は一抹の不安を覚えている。それはこのまま朋也が何処かに行ってしまうのではないかと言う懸念である。物理的にも精神的にも。
朋也は何事もめんどくさい、かったるいの一言で片付けてしまう傾向で春までそんなことが多かった。しかし実際は相手が困ったり悩んでいたりすると手を差し伸べる優しい所もある。決断力もある。
そこまでしか知らない。
しかし朋也は更にその先をなんとなく見ていたのだ。定かではないが自分の道が見えているのだ。
だからこそめんどくさいと片付ける朋也がいま整形外科にいる。
なにかを見出だしたに違いない。
――ーあたしは?
―――なにか見出だしてる?
―――悪夢を見て以来あたしの足は止まったままだ。
―――何となく学校行って、授業受けて、塾行って。
―――学生らしい生活サイクルと言えばそうかもしれない。
―――あたしも変われるかな。
―――変わりたい。でもどうやって?
―――可能性はゼロじゃない。
―――何の可能性があたしにあるのかな。
―――朋也が眩しい……。


季節は10月になった。文化祭の季節である。
専ら3年生は迫る大学入試センター試験のために文化祭などはそっちのけである。

「朋也ー。から揚げ買ってきたわよー」
「おー。サンキュー。」
「今日はなにやってるの?」
「世界史。近代が苦手でな」
「あー。ヤルタ会議とか?」
「そうその辺り。もっと覚えやすければなぁ。お前は?」
「あたしは古典かな。なんかもう読みづらくって」
「古典? それこそ暗記だろ」
「ちっがうわよ。なんかもう体が拒絶反応みたいな」
「なんだそれ……」
などと話ながら勉強を進める二人。春原は商業の関係で専門の先生のところで勉強を続けている。
朋也と杏は共に文系であるために勉強の教え合いは用意だった。
外が騒がしいが二人にとっては良い音楽と気楽なものであった。
「文化祭と言えば……そういや、杏」
「なに?」
「同学年の古河渚って知ってるか?」
「あー。名前は聞いたことあるわ。何でも演劇部を作ろうと奔走してたらしいわね。椋から聞いたわ」
「そいつな、春先に会ったことがあってな、」
「そうなの?」
「あぁ。んでな?」
朋也は古河渚との出会いを話した。
この場所が好きなのか、好きなのに変わらずにはいられない。変わってしまうのにこの場所が好きでいられるか……と。
「――!」
杏は雷に打たれた気持ちになった。
(そうよ。何もかも変わらずにはいられないのよ。朋也が勉強に目覚めたのも、陽平が商業に行きたいと言い始めたのも……今のままが続くわけ無い。)
ーーーでも何故だろう。
「変わってほしくない……」
杏はか細く呟いた。
朋也の心変わりは嬉しくもあり、心安らぐものあった。だが、心の隅に引っ掛かっている不安。
ーーあたしは変われているのか。
ーー変わることを是としているのか。
ーーあの夏、変わろうとしてる朋也の眩しさ。
ーーあれはきっと、変わらずにはいられない事を受け止めたんだ。受け止めてなお、『そこに』好きな場所を見つけたんだ。

「……あたしは。是としない」
「んあ?」
「あたしは!変われない!」
「お、おい!杏!」
なにかに怯えるように杏は走り去る。
朋也はあっけにとられて追いかけることもできなかった。他の生徒は何事かと顔を上げたがすぐに興味を失い、参考書に目線を戻す。
その後ろ姿を椋は見ていた。机の上にある参考書を片付け何を思ったか。以前朋也からもらった(杏経由だが)タロットを取り出し混ぜ合わせ、まとめ、山を三つ作り、それぞれの天辺の一枚を引く。
「過去。月の正位置。疑心暗鬼、先が見えない、誤解。現在。吊るされた男の正位置。試練、報われる、忍最忍耐。最後、未来。死神の逆位置。転換期、スタート、終わり」
疑心暗鬼から始まる転換期。
椋はその占いに何を見たのか。

「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
息を切らし、壁を手を付けて呼吸を整える。
ーーーなんでここまで来てるのかしら。
杏は校舎裏まで走ってきていた。校舎裏は日蔭になっており、日の当たる出店で買い物した生徒や一般客が涼みに来ている。
「こんにちは。藤林さん」
名を呼ばれ顔をあげると、女子生徒が一人。
赤茶色のボブ髪……と言うより少し長い。椋と同じぐらいだろうか。二本の跳ねた髪がなんとも特徴的である。
「貴女は?」
赤髪の少女は元気よく答えた。
「古河渚と言います。」



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