嘆きの鮑のスンドゥブチゲ、「海鮮は冷凍品」となぜ書かない

わたしはスンドゥブチゲが好きで、海鮮が豊かだとなお嬉しい。スンドゥブ(＝おぼろ豆腐)チゲ(＝鍋、スープより具の割合が多いもの)は韓国の鍋料理の一種だが、1人前の釜で出してくれる。巷では「鍋料理のメニューは2人前から」のお店が幅を効かせており、1人行動の身には助かる。

スンドゥブチゲの具材はお店やメニューでさまざま。釜の中ですぐ行方不明になるような小さな海の幸には感心できないので、スンドゥブチゲを食べるなら、海鮮の大きさや質を大事にするお店がいい。

新宿のデパートのレストラン街。スンドゥブチゲ目当てに韓国料理店の前に立つと、なんと、鮑のスンドゥブチゲがあるって宣伝じゃない?! 鮑が入ってるの？ 最高食材の鮑が!!?

スンドゥブチゲにすると決めてあったんだけれど、お店の前の立看板を見て迷っているふり。鮑の喜びで嬉しくて動けないでやんの。

入店。レジの前で立つ。なかなか気づかれない。いいもん、この興奮を味わうんだから。

夕方5時台。混んでいない。席はいっぱいあるし、カウンターもガラガラなのに、2名の女性客の隣に通された。わたしは鮑海鮮スンドゥブ(1,857円)とごはん(194円)にするというのに、メニューを眺め回す。

控えている店員さん同士がしゃべっていて、こちらを見ないし、話が長い。そこに別の店員さんが割って入り、空気を変えたようだ。そしてオーダーしたいこちらの様子を見てもらえた。

メニューには、他に牡蠣のスンドゥブチゲもある。これから注文する鮑のスンドゥブチゲに牡蠣が入っているかどうか知らないまま、自分が牡蠣を食べないことを伝えておく。

お隣は4月の銀行引き落とし額の莫大さを嘆くのだった。スンドゥブチゲは海鮮豊かに見栄えのする登場。汁をすすると、とっても薄く、気に入った。これはまた食べに来たい！ お気に入りに決定だ。ただし具は貧相。生卵の黄身が崩れて表明に平たく浮かんでいるのは、スンドゥブチゲ好きとして初めて見た。

ホタテは生っぽい。エビも茹で加減が弱く、透明で、食感は冷凍物そのもの。気持ち悪い。落胆した。

主役の鮑、むっちりしたスポンジが、ほろほろに崩れる!? なにこれ、オカシイ……。本当に鮑なのだろうか。納得できないなぁ。こんな似非鮑がこの世にあるなど考えもしなかった。失望した。

生卵は、黄身の全量が行方不明になる。なお、韓国料理代表のキムチは入っていなかった。代わりに小指の爪ほどの長方形の白菜が散らばっている。小さなイカは消しゴムの欠片のようにそっけない。

辛い調味料が別添えで出た。足りもどうもしないが、おかわりのために人を呼ぶのがわずらわしい。

お隣は、かわいそうな話題になってきた。親がガンになって、娘ーーといっても社会人なんだけどーーが半分お金を出すから手術しようと泣いて説得して。そこで手術しなければ親は死んでしまうのだが、手術に終わりはなくて、次から次へとガンになって手術がくり返されるのだという。その「親」とは誰のことなんだ。

さて、わたしは牡蠣っぽい貝を発見して嫌になる。お茶を配りにきた店員さんに指摘してみた。それがアムール貝なんだって！カスカスした臭い物体、灰緑の汚い色のが？ その2日前によそで見た牡蠣の燻製と瓜二つなんだ。萎縮しきったそのアムール貝からはお湯が滲み出てくる。

具がこのようにひどい有様でも、ベースは好み。ごはんが足りなくなってきた。でもおかわりを迷って迷って迷っているうちに食べ終えた。ベースの薄さと淡白さは高得点。汁だけは。でも、まともな海鮮が用意できないなら期待させる額に設定しないでもらいたいし、屑ならそう明記しておくべきだ。せめて「海鮮は冷凍ですがなにか？」と。

ガンになった犬と、見捨てられない飼い主の家族は、あきらめられる日が来るまで手術費用を払い続けるようだ。

わたしはチヂミかサラダか、もう1品欲しかった。しかしどの料理もこのお店では……期待できそうもないので帰る。お隣が立ってから少し間を空けたが、別会計していて待たされる。

あの鮑が、紛れもない鮑というなら、わたしは二度と鮑を口にしない。それなりの値段を取りながら冷凍ミックスパックで済ませる「海鮮のスンドゥブチゲ」がこの世にはびこっている。今日の損が教訓にも勉強にもならなかったのはつらい。