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2017年10月07日15:44

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本 ”夏の祈りは”  須賀しのぶ

”夏の祈りは”  須賀しのぶ


先日読んで面白かった”球道恋々”(9/8日記)に続いて、また野球小説(文庫オリジナル)。
この前のが明治時代後期の熱血高校野球(コーチの目から見た)だったのに対して、
これはとある公立高校野球部の88年から10年毎のクロニクル。
作者はこれまた初めて読む、ライトノベルを中心に活躍し、
ナチスドイツ下のポーランドを舞台にした”また、桜の国で”が直木賞候補
(高校生直木賞受賞・高校生が直木賞候補作から選ぶ)になった須賀しのぶ。


文武両道の県立北園高校にとって、甲子園への道は遠かった。
格下の相手に負けた主将香山が立ち尽くした昭和最後の夏。
その十年後は、エース葛巻と豪腕宝迫を擁して戦った。
女子マネの仕事ぶりが光った年もあった。
そして今年、期待されていないハズレ世代がグラウンドに立つ。
果たして長年の悲願は叶うのか。先輩から後輩へ託されてきた夢と、
それぞれの夏を鮮やかに切り取る青春小説の傑作。
(BOOKデータより)


物語は88年から始まる。
埼玉県の進学校にして、30年前には甲子園予選の決勝まで行った
公立としては強豪の北園高校。
部員たちは常に、昔は強かった、今年こそはという当時からの歴代のOBによる
プレッシャーという不幸な運命下にある。
久しぶりに準決勝まで行ったものの、笑顔で野球に取組む格下公立校に負ける主将香山始
(妹が相手校のマネージャー)の無念。
98年、才能ある合理的な後輩宝迫(のちにプロ)に抜かれそうな努力型の葛巻
(のちに社会人野球へ)の葛藤。
08年、男子マネジャーの下働きしかさせてもらえない苦労する女子マネと、
怪我をしてマネージャー仕事に目覚める才能ある投手・相馬(のちにトレイナー)の
古いしきたりへの疑問と新しい価値観の誕生。
17年、優秀な世代に挟まれたハザマ世代(監督香山始)のキャプテンが悩んだ末に
始めた超真面目路線は同期や下級生をまとめていけるのか? そして最後の夏は? 

強豪の私立の壁だけでなく、伝統校ゆえの重圧とOBからのいらぬアドバイスや采配批判、
ちょっとした油断、同期や他の学年との技術レベルの差や考え方の違いによる不和、
そんなモヤモヤした四十年を経た上での最終章は、それまでの苦労を晴らすような
ラストの快進撃にスカッとさせられました。
終盤の監督の思惑をも超えるような個々の選手たちのプレーと
それによるチームの結束が、細かいプレーや掛け声・伝令、相手の油断落胆から
少しずつ神がかっていく描写は見事でした。

野球小説の形をとっていますが、どんな時代にもあった、
そして野球のみならずスポーツ全般、また仕事上の組織にも共通する、
チームをまとめるものの苦労(本人が下手ならなおさら)、
レギュラー競争やできる後輩を持った時の焦り、
女子ゆえの理不尽な制度上の差別、
自分の適正(やりたいこと)と周りからの期待のギャップ、
達成できないが故に積み重なる今年こそはのプレッシャーと
実像以上に神格化されていくOB,
という現実の様々な問題に置き換えることができて、
青春小説という範疇を超えた、万人が共感できるテーマを見いだすことができます。
先日の”球道恋々”でもそうでしたが、野球というスポーツを通して、
そういう生きていく上での試練が描かれていると、
野球好きにはすごく胸に響きます。

プロ野球や何度でもやり直しがきく仕事と高校野球が違うのは
(もちろんそうでないケースは多々ありますが)、
それぞれの選手は三年間と限りがあり、最後の夏は一度ってこと。
この刹那の一瞬だという事実が、当事者にとっては限界を超えた力の源、
そして見るもの読むものに感動を呼ぶ原因なのでしょう。
タイトルの”夏の祈りは”は、そのあたりを象徴した感じですが、
個人的にはあまりピンと来ませんでした。

まあ、マイナーな剣道部で高校三年間を費やしたものとしては、
一回戦からたくさんの応援をしてもらえる野球部は恵まれていると
少し嫉妬するわけです。
剣道部の最後の夏などは大多数の同じ学校の生徒に知られることはないし、
ましてや祈ってもらえることなんかないわけで、、、。
剣道部も野球部も同じ高校生、同じ夏のはずなのに。

作者はやはり”球道恋々”の作者木内昇と同じく女性なのに大の野球好き。
ヤクルト元監督・野村氏の著作を熟読し、学生時代はグランドホッケーに興じた
体育会系女子。なるほど試合自体の描写は的を得て、かといって冗長になりすぎず。
他にも野球小説もたくさん書いているし、まったく畑違いのナチスドイツ関連も
かなり詳しいらしく(大学の卒論のテーマとのこと)、
なかなか振れ幅の大きい才能ある書き手のようです。

”球道恋々”に続いて野球を描きながらも、それだけに止まらない
素晴らしいドラマを堪能させてもらいました。
最後の、名作高校野球漫画の名作”タッチ”みたいなシーン、
爽やかで、いい余韻があり、良かったです。


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