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2017年10月12日09:06

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小説「死の川を越えて」  第18話


「明治41年と聞いて、わしが驚いたことは他にもある。前年にイギリスの救世軍創始者、ウィリアムブース大将が日本に来た。救世軍は虐げられた人々を救う社会活動を目的にしていたキリスト教徒の団体だ。そこで、リーさんも同じキリスト教徒としてハンセン病の救済活動を目指すのだなと合点がいったのだ」
万場軍兵衛は言葉を切り顔を上げて続けた。
「もっとも、ブース大将の救世軍は、虐げられた娼婦を救う廃娼運動に打ち込んでいてな、前年の明治40年前橋に来て大いに話題になったのでわしはよく覚えているのじゃ」
「まあ、ご隠居様、そんなことがあったでのございますか。では、リー様は、なぜ草津のハンセンに目をお付けになったのでございましょう」
こずえは不思議そうに尋ねた。
「わしが話したいことはそこじゃ。ハンセンが住む所は全国に多いのに、なぜ草津かとわしも不思議だった。お前はあの時、茶を入れていて聞いていなかったであろうが、わしがそのことを尋ねると、リーさんが言うには、何と、この湯之沢集落がハンセンの希望が芽生えるところに違いないと注目したからだという。ハンセンの患者が力を合わせて自由の療養村を作ろうとして村を始めた理想は素晴らしい。これを何としても生かさねばならない。今の混乱は、心を正すことで乗り越えることが出来ると。リーさんは、この集落のことを二人のキリスト教関係者から聞いたと申す。驚いたことにその1人は、あの椚原清風親分らしいのだ。わしの言うハンセンの光のことが、リーさんに伝わっているとはのう。そして、その光のために力を入れたい。ついてはわしらにも力を貸してくれと申したのだ」
万場老人の目は少年のように燃えていた。
「どうだお前たち、これからの成り行きによっては、力を貸そうではないか。これは、われわれのためのことなのだから」
「賛成です」
「やりましょう」
「全力で」
正助、権太、正男が次々に声を上げた。
 それを見て万場老人は言った。
「いずれ、お前たち、リーさんに会う機会があるであろう」

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。


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