mixiユーザー(id:3661937)

2017年07月18日09:24

75 view

マスターができるまで 久々 1382

家に帰ってみると父は休憩の時間と見えて、応接間で新聞を読んでいた。
今年の夏から購入したクーラーが、細い四本足に、箱のような本体を乗せ、ガンガンに稼働していた。
輩出口の先には、数本の、ピンク色をしたリボンのようなビラビラが括り付けられており、それが、冷気を乗せてはためいていた。
そのせいで応接間は別天地のような爽快さだった。
俺は
『ああ涼し!』
と言い父のヨコに座った。
父は
『そばに来なや!
暑ちぃがな』
と言ったが、自分から距離をあけようとはしなかった。
帰宅途中、かっさんの店を通りかかった時、すでに帰ったあとだったのかサトシ達の姿はなかった。
そうなると現金なものでにわかにかっさんの店のソフトクリームが喰いたくなった俺は父にすり寄るようにして
『お父ちゃん、お父ちゃん』
と甘えた声を出した。
父は読んでいた新聞を脇において
『なんならや
おかし気な声を出して』
と言い俺の方を見た。
俺は
『わぃのこの顔を見て下さい』
とマジメくさった声を出した。
父は
『決して男前とは言えん。
じゃけどよう陽焼けしとる。
そんで、ちいとだけ男ぶりがあがった。
元気そうでええ。
そのひと言じゃ。』
と言った。
俺は
『焼けるには焼けるだけの理由がある。
なんもせんでこがんにはならん』
と言い、
『細かい事は言わんから二つだけお願いがあります』
と改まり
『一つ。
今日の水泳クラブは異様なしごきに終始しました。
で、元来運動にあってないわぃの肉体は悲鳴をあげてます。
それを救うのはかっさんの店のソフトしかないと思います。
へじゃけん、それを買う資金を提供して下さい』
と言い、
『それと、二つ目。
今度の日曜、あそこの部屋のカギをかして下さい。
のんびりと、あの部屋で読書三昧がしたいです
言うてみればそれも疲労回復の一助です』
と言った。
父は
『なんじゃそりゃ
どこの赤軍派なぁ
演説めいてからに。
お八つが欲しいなら欲しいとお母ちゃんに言えぇや』
と言い、それでもポケットからいくらかの小銭を出してくれた。
俺は大相撲の力士のように手刀を切ってそれを戴いた。
そして
『カギは?』
と言った。
このさい、小銭より、どちらかと言うとカワタカとの逢瀬がかかっているカギの方が欲しい俺だったからだ。
「あそこ」と言うのは近所のアパートの部屋の事をさしていた。
我が家建て替え計画が近々実現したさいに、新しい我が家が出来上がるまでの借りの宿として父が借りていた部屋だった。
本来ならすでに引っ越しがはじまっていたもおかしくはなかったのだが、春先におきた美保子叔母の交通事故が、それを一時中断させた。
祖母が
『今はそがな事をする時ではない』
と言い出し、
『美保子が本復した暁にお床上げのお祝いをし、それからにしなせ』
と釘をさしたからだ。
父は
『美保子とウチとどがな関係がある』
と抵抗したが、元来が妹思いの父ゆえにそれでもというマネはできず、母に
『あなたは、、、』
と呆れられながら、空しい日々を送っていた。
しかし、それももうそんなに先のはなしではなくなっていた。
大けがをおったわりに美保子叔母の回復は著しく、お床上げの日も間近だったからだ。
俺が再度
『カギは』
と言いかけた時、父は
『おえ』
とマジメな顔になり
『見てみ
この記事。
これカツマのオヤジの事じゃねぃか』
と言い、三面記事の中程のおおきさの見出しを指差した。
それを見た俺は
『あ!』
と言った。
そこには
『殺人事件』
『容疑者』
『逃亡』
『美人ホステス』
『腐乱死体』
という禍々しい、非日常的な文言が踊っていた。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する