平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、川上「懐古の碑」からは、県道を下り、次のポイント滝下を目指しました。滝下小学校(のち東和小学校)は、へき地等級3級、児童数93名(S.34)、明治41年開校、昭和38年改称、昭和43年閉校。訪ねた時点
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、添牛内駅跡からは、R.239で霧立峠を越えて、途中から県道に入り、川上、滝下、達布を通るルートを選びました。添牛内−達布ルートは、平成元年8月、KATANA750でツーリングしたときにも通っていますが、
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、この日は旭川空港から和寒町東和開拓、増毛町歩古丹を経由して、小樽市銭函まで約310kmを走るというスケジュール。「昼食をどうしよう」と田中さんと相談したところ、東和開拓から約45km離れた幌加内町
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、東和開拓の探索の目的地、下司さんの生家跡は、残念ながら屋根が大きく陥没していた。中をうかがうと、いろいろなものがガレキになっていた。木で造られた棚や机は、少しずつ朽ちて、土に還ってゆくの
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、東和開拓の探索の目的地、下司さんの生家跡は、Mさんの開拓農家跡よりも奥にあることは間違いない。しかし、道筋は定かではなく、川近くの道筋がありそうな場所はササ藪となっている。朝に届いた成瀬
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、東和開拓の探索の目的は、「集落の記憶」で往時の暮らしを語っていただいた下司さんの生家跡を見に行くことだ。主要道からの分岐点 東和二股は、あるはずのバス停が見当たらないため、その位置はわかり
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、東陵小学校跡と二又(東和寄り)バス停の間、主要道沿いには畑と作業小屋、往時の住居と思われる家屋が見られる。地形図で見て、道路の右側には、トラクターが置かれた作業小屋がある。周囲には畑があ
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、東和からは枝道をほぼ南に向かって進み、東和開拓の小学校跡(東陵小学校跡)を目指しました。東和開拓には、昭和22年、海外からの引揚者、農家の二三男などが入植を開始した。和寒町内には、東和をは
今日の浦和は梅雨の晴れ間、布団干し日和です。平成27年5月30日(土)、北海道・道南の廃校廃村への旅で立ち寄ったせたな町(旧北檜山町)日中戸(にっちゅうべ)は全国的にも数少ない、漁村集落の廃村です。集落跡を流れる川の河原は、「一面真っ白」という
平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、塩狩からは和寒バスターミナル横のセイコマに立ち寄り、和寒町最北部の廃村千選のポイント 東和(とうわ)に向かった。改めて地図を見ると、塩狩−和寒−東和のラインは、ほぼ南北にまっすぐだ。東和は
平成27年6月1日(月)、秋田県の廃校廃村への旅、最初に立ち寄ったのは、上小阿仁村萩形(はぎなり)です。文政5年、阿仁町萱草・根子から11戸が移転し、開かれたという萩形集落では、戦前まではマタギを生業とする狩猟文化が盛んでした。萩形集落跡の手前1km
平成27年6月1日(月)、秋田県の廃校廃村への旅、旅の終わりに立ち寄ったのは、上小阿仁村屋布(やしき)です。屋布には、平成11年10月、初めて秋田の廃村をバイクでめぐった旅で立ち寄っており、今回は16年ぶり2度目です。 http://www.din.or.jp/~heyanek
平成27年5月29日(金)、北海道の廃校廃村への旅、旭川空港では、廃校廃村めぐりの横つながりの田中さん(旭川市在住)に迎えていただいた。旭川市街を避けて、上川盆地を走り抜け、ゆるやかな塩狩峠(標高259m)を越えて、和寒町に入ってすぐ、田中さんは私
平成27年5月29日(金)、北海道の廃校廃村への旅、東京モノレールでは車両故障にぶつかり、しかたなく京急へ振り替え輸送。羽田空港着は6時21分。予定の20分遅れ。モノレールは運休のままだ。旭川行きのエアドゥ便の出発は6時45分。「モノレールが動いていな
平成27年5月29日(金)、北海道の廃校廃村への旅、出発の早朝のJR南浦和駅、3日前、改札近くに突然現れた馬の巨大オブジェ、よいタイミングなので、画像を撮っておいた。6月になって、馬のオブジェは新聞記事などで見る機会があった。 http://j-town.net/s
平成27年5月31日(日)、北海道の廃校廃村への旅、上ノ国町大安在の分校跡探索。4名もいるので、成瀬さん、田中さんは校舎の輪郭調査、ラオウさんと私は、教室のフキ・イタドリ退治と分担して往時の痕跡を探った。やがて、「トイレが見つかりました」という声
平成27年5月31日(日)、北海道の廃校廃村への旅、上ノ国町の3つのポイント(中外鉱山、大安在、上ノ沢)の中では大安在の難度が抜きんでて高い。大安在は戦後の開拓集落で、標高約330mの高原面にあった。昭和35年から36年にかけて、地元の二三男とその家族8
平成27年6月1日(月)、秋田県の廃校廃村への旅、上小阿仁村の3つのポイント(萩形、折渡、屋布)の中では折渡の難度がいちばん高いと思っていた。「秋田・消えた村の記録」の折渡の冒頭には、こう綴られている。「折渡行きは二度試みたが、ともに途中から引
先の土曜日(6/6)、ガーデンにユリの花が咲いたので、その鉢を目立つところに移動させました。 昨年の今頃、近くの花屋で買った咲いているユリがルーツです。しっかりした球根だったけど、もう一度咲くとは思いませんでした。アマリリスとともに、季節の風物
遅くなりましたが、本日「HEYANEKOのホームページ」の「500か所超えへの道」の旅行記、富山・石川以北 No.15「午年の旅の終わりは富山の廃村」、〜富山県富山市高清水,深道,数納をアップしました。http://heyaneko.web.fc2.com/fsn15.htmlともに旧山田村と
平成27年5月29日(金)〜6月1日(月)、北海道と秋田県の廃校廃村への旅、それぞれの廃村の個性を、ふたつ比較する形で見ていく企画の3回目。取り上げる廃村は、引き続き折渡と大安在です。分岐から集落跡の中心(分校跡付近)までは、ざっくりですが、折渡が
平成27年5月29日(金)〜6月1日(月)、北海道と秋田県の廃校廃村への旅、それぞれの廃村の個性を、ふたつ比較する形で見ていく企画の2回目。取り上げる廃村は、引き続き秋田県上小阿仁村折渡(おりわたり)と北海道上ノ国町大安在(おおあんざい)です。林道
平成27年5月29日(金)〜6月1日(月)、北海道と秋田県の廃校廃村への旅、それぞれの廃村の個性を、ふたつ比較する形で見ていこうと思います。秋田県上小阿仁村折渡(おりわたり)と北海道上ノ国町大安在(おおあんざい)は、ともに林道の先にあるたどり着き
平成27年5月29日(金)から6月1日(月)まで、3泊4日で北海道と秋田県の廃校廃村に出かけてきました。北海道は、和寒町塩狩、東和、東和開拓、小平町川上、滝下、増毛町歩古丹、せたな町(旧北檜山町)日中戸、(旧大成町)ヌタップ、厚沢部町須賀、上ノ国町