第7章 天蓋の下 朝の曙光の一筋さえ射し込まぬ魔の森の天蓋の下、緑の常闇に身を沈めた乙女は何度もこの二夜の出来事を思い返していた。 あの夜塔から森を見下ろしたときの絶望に打ちひしがれつつ、あれから乙女は闇の中を果てしなくさまよっていた。闇の
第6章 荒野の夜 夜の荒野の只中に、鬼火のような松明の炎が燃えていた。その明かりに照らされて、白い人影が腰をかがめ点在する潅木の陰を這うように進んでいた。 遠目には亡霊さながらのその姿をもし近寄って見る者がいたとしても、白い髪を振り乱し赤い
第5章 日没の家 バドルがラダンの馬に乗って去るのを見送ったあとも、ミランは窓辺から離れられなかった。昨夜この同じ窓から見た光景は、朝日に輝く景色の中になんの痕跡も留めていなかった。だが白い青年の赤い瞳には、冴えた月の光を浴びて立っていた乙
第4章 村長の家 顔を撫でる夜明けの冷たい風に、バドルは目を覚ました。身を起こした少年の目が開け放たれた窓を、そして窓枠に身をもたせかけた白い青年の姿を捉えた。 バドルの動く音を聞き付けたのか、青年が振り返った。疲れたような青ざめた顔に、だ
マーラーの交響曲「第5番」は、僕にとって微妙な存在です。「4番」「6番」という、彼としては展開のはっきりした2つの名作の間に挟まれていながら、この曲はそれらとは異なり全体の構成の方向性のようなものが見えにくく、なまじ細部が印象的なだけに全
第3章 沼地の家 ルザの村の西に広がる沼地のほとりに、粗末なあばらやが建っていた。 沼地の西には荒野が広がり、そのむこうに黒くわだかまるのが魔の森だった。そしてかの黒き森は、年々じりじりと荒野に侵食し、沼地へと迫り続けているのだった。 沼地