ミトコンドリアには核内遺伝子とは別の独自の遺伝子があること、核内遺伝子は二重螺旋構造だけれども、ミトコンドリア遺伝子はリング状であること。そしてきわめつけは、ミトコンドリアのリング状遺伝子は、母親から娘へのみ代々受け継がれ続けてきていると
ファミリーコンステレーションのワーク技法を使って、細胞内にある核(遺伝子を内包)、ミトコンドリア(エネルギー産生)、リボゾーム(タンパク質合成の場=その細胞のかたちとはたらきが決まる)の3つの要素の動きを見守ってみたことがあるのですが……
最近の分子生物学の領域における発見には、目覚しいものがあり、なかでも人間の生命エネルギーが生み出されてくる仕組みに関する解明には、実に感動的なものがあります。 風の谷のナウシカに出てくる巨大な風車、、、、風の谷の原動力は、この谷を吹くき
実は、このミトコンドリア、調べれば調べるほど不思議な生き物だということがわかってきます……「えっ生き物だって?」……そう、どうやらそのようです。ミトコンドリアは、細胞の中にある細胞内小器官のひとつではあるのですが、それ自体がひとつの生命体
このところ、赤という色が、人間の生理的な身体においてどのような部分で関与しているかを、ゆっくりと見てきています。そして赤血球の赤さと、ミトコンドリアの赤さについて触れてきました。(ちなみに赤血球というのは酸素運搬に特異化した細胞で、ヘモグ
さて、しばらくはミトコンドリアの話をつづけてゆくことにします…… ミトコンドリアが細胞の中でどういう位置にあり、どういう役割を果たしているかを詳しく説明してゆく前に、まずはミトコンドリアの色について触れてみたいと思います。というのも、ミト
グラウンディングと鉄との関わりについて、これからまず紹介してゆくのは、「ミトコンドリアの働き」に関する一連の考察です……鉄という物質を介在させた生命体の内部での酸素運搬系とエネルギー産生についての話になるのですが、このとき常にレッドという
『アーシング』の基本的な指摘は「現代人は絶縁物を使った履物や絶縁された家屋の中で日常生活を送っているために、大地から切断されてしまい、地球から無尽蔵に提供されているヒーリングの源である自由電子を受け取ることができない状態になっている」とい
血液をしばらく放置したり、遠心分離機にかけて分離させると、下層に赤血球が、上層には黄色い血漿の2層構造をなします……間に薄い血小板と白血球の層もあるのだけれど、ざっと見れば、この二層です。 そしてこの色のコンビネーションは、オーラソーマの
あるがままの肯定とは、寝ぼけて夢見るマインドの現状をうべなうことじゃないよ。ましてやくだらない人間関係の縛りを放置することでもない。そうではなく、社会に催眠術をかけられ、骨抜きにされる前の素の姿、野生の感覚を取り戻すことさ。 そして生まれ
今、読み進めているこの本に、10年来の闘病生活にピリオドを打つ、最後の手がかりが描かれている。そして数年前に、伝達されたワーク「グラウンディング レッグス」を最終バージョンへと磨き上げる鍵もまた記されている。それはまさにカタカムナのウタヒの
仏教の深層心理学である唯識では、からだやことばに現われる一切の行為は、阿頼耶識と呼ばれるところの記憶の貯蔵庫に深く深く刻まれ種子のように眠りについていて、適切なときとところを得て刺激を受けると発芽し、再びこの現象世界に現われる……このよう
安全に守られていたお寺という空間からの脱出とそれに伴う渦との格闘、そしてようやく築き上げることができたその足場、土台がたちまち急激な流れに襲われて再び壊されてゆくプロセス……。 もう元には戻れないので、先に進むしかないのだけれど、ここま
今朝は、百間川で日の出を見たかったので、いつもより早く家をでました。毎日少しづつ日が短くなってきているので、5時はまだ暗く、5:10頃にスタート。すると川岸の近くにきたとき、パトカーが近寄ってきて、おまわりさんが二人下車……いわゆる職質の始ま
オーラソーマのクイントエッセンス「キリスト」は、ただひたすら歩くウォーキング・メディテーションのサポートに最適のエッセンスだけれども、このキリストの働きによって、光が地上に受肉すると言われている。光とはまたロゴスのことであり、ことばが受肉
前回は、1980年代にぼくが手がけた箱庭の シーズン1 とも呼べるべきものなかから特に印象的だった1枚を選んで紹介してみましたが、シーズン1の期間は、86年9月から87年9月にかけてのものです。 16回目で、赤く紅葉した樹々に囲まれ、左岸と右岸とに立っ
はずみやタイミングというのは面白いもので、87年から88年にかけて、『一休道歌』上下巻(めるくま〜る)『さがしてごらんきみの牛』(禅文化研究所)『マイトレーヤ』(瞑想社)に続き、ぼくが間に入って紹介したパリトーショ訳の『信心銘』翻訳原稿に目を
今朝、「やみのなか かなしのそこゆ 咲くいのち」という一文を書いた後、「あぁ、この3年間、ぼくはサナギや繭のプロセスに入っていたんだなぁ」という実感がしみじみとこみ上げてきました。蝶などのサナギは明るい日差しのなか小枝の先端などで過ごします
『さがしてごらんきみの牛』は、10枚の絵図に、物語としての構成上、プロローグ 3枚とエピローグ2枚が描き足され、合計15枚で成り立っています……今日、紹介した2枚は, エピローグの2枚で、セレブレーションの絵図と、新しい次元の探索がふたたび始まるこ
『さがしてごらんきみの牛』からもう少し絵図を紹介してみたいと思います……。 この作品では、月と太陽とがシンボリックにうまく背景に取り入れられていて、少年の探究は、真っ赤な夕日が沈む頃に始まり、満ちゆく月に照らされる闇路のなかを進み、そして
「失った心の牛をたずねる精神の旅路。伝統の十牛図の世界がひとりの女性の魂によって極彩色のファンタジック・ワールドとして現代によみがえる」……という帯がはいった “詩画十牛図『さがしてごらんきみの牛』” (英訳付き)が禅文化研究所から発行され
2015年7月の上旬に、花が静かに開くようにさりげない意識のシフトが起きてから、何が一番変わったかというと睡眠時間と睡眠のスタイルです。 ぼくはもともと夜型人間で、朝は大の苦手。早起きなんてとんでもない努力が必要なものでした。とりわけこの三年
柔らかくて、傷つきやすい内面の女性性をかばうために、亀の甲羅のような硬いかたい鎧を身につけてきたわたし…… ぼくが河合隼雄さんとのセッションに通っていたのは、1985年から足掛け7年くらいです。で、気がつくと、いつの間にか自然消滅してしまって
愛という漢字を、古代の日本人は、“かなし”と訳したのだそうです。この語感は、愛を「アイ」と発語するよりも、はるかに深く「愛」に込められている何かを身体感覚にピタリと沿うようなかたちで受容している感じがします。 河合隼雄さんが、キリスト教
関係性にまつわる課題に関心がある方は、ちょっと下記のサイトを覗いてみてください……この記事は、ぼくたちの京都時代(もう20年も前の頃のこと)にオーガナイズしたサガプリヤのグループ参加者の体験記です。友人のパリトーショが、当時ぼくが発行してい
ぼくが当時のパートナーだったサヴィタの夢に現れたOSHOに導かれ訳した『一休道歌』には、サガプリヤが序文を寄せています。OSHOは『一休道歌』最終章Q&Aのなかで、男女の関係性こそが最良の公案だと言っています。 存在する最良の公案は愛だ、関係性だ
深く深く傷ついた女性性とその癒しのプロセスをめぐっては、OSHOと河合隼雄さんの他に、もうひとり重要な役割を果たしてくれたひとがあります。サイキックマッサージやスターサファイヤの創始者として名が知られているサガプリヤです。 1991年、OSHOがボデ
昨日のお昼から、うどんやお粥を食べたり、ホットミルクを飲んだりしています……少し胃(膵臓? 脾臓?)周辺の痛みは治まってきているけれど、まだ完治しておらず……今日もほとんど安静日です。 闘病生活や痛みがほとんど日常生活となってくるとき、
観世音菩薩といえば、よく読まれるお経の代表に『観音経』と呼ばれる法華経の一節があるのですが、この経典の主人公は、観世音……即ち世界の音を、この惑星地球が奏でる音をよくよく観ずる菩薩であり、観音さまとして世間で親しまれている菩薩のことです。