何かを始めようとするとき必ず誰もが「 初めて 」がスタートラインです ゴールを目指して並んだとしてもみんながみんな 同時にスタートするとは限りませんしみんながみんな 同じ気持ちとも限りませんもちろん フライングする人もいれば出遅れてしまう人
あつし号遅刻により最終ステージで、メンバー揃いました!!!お仕事お疲れあつし号でありました!!誕生日のお客さんもいましてケーキ登場、花束登場〜〜〜〜〜はっぴばーすで〜〜つ〜〜〜ゆ〜〜〜〜〜ベースマン馬場の〜〜大変なMCもありまして〜〜〜お客さ
今日は各地からいらっしゃった警察学校の皆さんにお話させていただきました 語り部を始めてから ...あの時 お世話になった警察の方々にいつか必ず何かの形で恩返しをしたいとずっと ずっと願っていました 私が警察の方々に出来るお返しはとても恩返しと
津波から逃げるには 波が来ない高い土地まで逃げる逃げたら何があっても絶対に戻らないこれぐらいで大丈夫だろうと安心しないそして危険な場所で情報を待たない つまり テレビやラジオの津波情報が無くても逃げるという行動( 避難 )が先だということで
天国ってどんなところなのでしょうかどこにあるのでしょうか 亡くなってしまった人の魂が行くところでしょうか暖かくて苦悩が無くて幸せでいられるところでしょうか平和で争い事や貧困が無いところでしょうか 以前 雄勝町で語り部をした後に 「 こんな
〇ノボのパソコン買ったら SDカードスロット不良で 3日で返品 富〇通買ってきました 結局クワッドコア I7 搭載〜〜〜 第6世代CPUでありました、 初期設定2代目はなかなか! 始める前から気持ちが折れてましたが 今回は、楽ちんであります やっぱり国産
先日(2月16日)の投稿で河北新報さんが取材してくださった記事をご覧いただきましたが決して 私の力で児童の命が助かったわけではないのです 私に地震津波からどのように児童の命を守るのかを赴任してきた先生方に必ず伝えて話し合いなさいときつく教えて
是非シェアをお願いいたします_(_^_)_ 震災当時 被災地の現状を知りたい自分の子供達にも被災地を見せておきたいそのように思われて 交通もインフラも充分に整備されないうちから被災地を訪れたいと願った方が大勢いらっしゃいます しかし 今現在被
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1114/20130330_01.html 2013年に河北新報さんが取材してくださった雄勝小学校の避難の様子です誤解をされるといけないことがあり口頭でしかお伝えできないことは伏せてあります機会がありましたら 是非 語り部と対
娘からチョコレートをもらいました2号からは沢庵をもらいました とてもうれしそうなので 良かったです(^^)/ 2号デシタ
私の町は大丈夫神話 被災の危険がある地域に住む人の多くは災害が起きた時にどうしたらよいかを考えます 被災の危険が無いと思う地域に住む人の多くは 災害は怖いけれど ここは大丈夫と考えがちです 実はこの考え方今のこの便利な時代には まるで通用
心のケアと言われるもの あんなに大きな災害にあった人達はどんなにか心が傷ついたことだろう傷つかないわけはありませんそれは人の身になって考えられない人にも簡単に想像できることでしょう 被災後の生活が落ち着く間もなく様々な団体や 行政を通じて「
電車に乗るとほとんどの人が小さな箱に向かってコツコツ コツコツシュッシュッ シュッシュッと指を動かしている見ていると面白い一生懸命 餌をついばむ鶏みたい ほらほら お母さんあなたの子供が話しかけていますよ器用なことに 耳を傾けて 返事はして
災害で家族を亡くした人には「 仕方がなかった 」といって心を納得させる方法が無いのです あの津波が来る数日前 大きめの地震があったために私の父と母は 「 もし津波が来るようだったら山に逃げよう 」そのように 話し合っていたそうです 雄勝町は
避難した雄勝町の火葬場から河北町にある中学校の体育館に避難した私達は義父母と子供たち二人を新潟の義妹夫婦にお願いし私達夫婦二人で 石巻の叔父の家にお世話になりました その頃は まだ仮設住宅が建てられるという目処もついていませんでしたし 母と
被災地でショッキングな事件が起きると だから宮城はダメなんだだから東北はダメなんだ だから被災地はダメなんだだから被災者はダメなんだ そのようは発言や もっと汚い言葉を 耳にし、目にしますが その言葉 その感情は 被災地にいる被災者を目の
その昔私1号が青春だった頃 コンビニと言えば エイトテン!! だった! 全国にあるものだと思ってました、、 ちなみに8時から10時まで! その内にセブンイレブンという名前になった、、 エイトはセブンに変わったんだと思
大きな災害が起きて 早急な避難が必要になったとき その場に非常持ち出し袋が無くても命だけは持って逃げてください私が そのようにお願いするのには津波避難を体験したからこその理由があります 現地でわが身をその状況下に置かれた人間と報道を通して