実直なのかな。権力にに物申すのは、勇気もいる。公平無私って回答もありだよね。為政者として、嘘のない政治の実行をする。古くには、仁の思想というものがある。ここでいう忖度とは、相手をおもんばかるこころである。自らの保身のために、いかなる政治をし
人を愛する純粋さのゆえに。大切に抱えた、その人としての理想のために、胸に迫りくる愛別の時は、志を一つにして、生きた証。愛した記憶にうそがないから、その別れに涙が伴う。春の日に、桜咲く日に、こみ上げる慟哭よ、永遠の絆ををこの日に刻め。
君が先、僕が後、生まれ変わる順番なんて、誰が決めるわけでもないけど、出会ったときに共鳴を感じるように、あわせて人生をデザインしたんだったっけ。出会った日から、時間だけは過ぎて、僕は家庭の道を選び、君は自由と学びの道へと進み。それでも、夜ごと
生命の鼓動感じる心臓の高鳴りも、行きつくとこまで行きついた激情の果ても、この情熱に乗せて、正義は何かがわからないまま飛び込んだけど、戦いの本能が正義を感じてうずいている。戦わずにはいられない。何のために自分は生きているの?、それは、見失うこ
おもいどうりになるかな。とりこになるなら悪い魔法。奇跡はあるけど、魔法じゃない、魔法は解ける日があるけど、本当の奇跡は、値打ちを失わない。何が奇跡かを知りたければ、永遠に資する語り口があるかないか、奇跡は神にその根拠があり、魔法は個人に隷属
めんどくさいからじゃない。リセットできないのも知っている。思いどうりに行かなかった、それもあるかもしれない。最後のカードもない、練習でもない。巻き戻してやり直せるわけじゃない。結果主義者になるなっていうけど、限られた人生の中のリバウンドは、
朝早くには、誰も自分の影を見ようとしないのに。夕暮れ時には自分の影を追う。なぜなんだろうね。若い日には夢しか見えなくて、年老いてからは自分の足取りのふがいなさを嘆く。なぜなんだろうね。朝には不安で、夕暮れ時には満足できればいいのに満足できる
なれれば飽きて、忘れたころにたまに思い出し。含み笑いもいいままに、ちょっとした妄想とともに散歩する。潤いといえば潤い、刹那といえば刹那。快楽が、永遠の幸福にならないのはしっているのに、時折この心に寄せる誘惑。
最高のものを差し出すことを望みながら、手元にある金づちは柄が崩れ、引いて引けないのこぎりは刃こぼれし。そいでそげないのみの先にもさびはある。それでも差し出すというなら、差し出そう、工夫と努力の玉の汗こそが、あなたへの捧げものになるならば。
古い言葉ではあるが叡智という言葉をとらえて、あえて書きたい。前提で、自己保身という感情は捨てながらあえて叡智という言葉を使いたい。この世の人が都合いく生きていくための機転が知恵だというならば、それは本当の意味での知恵ではない。なぜなら、その
汗も涙みも、ともに共有するから、シンパシーが生まれる。無理な課題があっても、ともに夢見て超える日々が、友情となる。尽くしつくされ、見据える未来は、神々が夢見た理想の世界。粘り強くあれ、人を愛するにも、人を信じるにも。
ありのままの今を愛そうか、過去の満たされた愛記憶より、逃避したくて描く未来より、今にある感動を愛そう。春の近い星空には、澄み切った星の素顔が瞬いている。浮かない顔を見てると僕まで寂しくなってしまうから、まっすぐに僕の心と向き合って。気のきい
世界の出来事も、ブラウン管の中、人が死んでも、人が名誉を得ても、それは他人事。できるなら、悲しい出来事は知りたくなくて、できるなら、救う自信のない自分が、困っている人を見ないように、ずっと逃げてる。幸福って、手助けはできても、写真や絵のよう
信じるということは楽しいかな、偶然がなくすべては引き寄せられる。そうだね、なったらいいなとか、できればこうしてほしいとか、今を一瞬にして変えてとか、無理難題はかなえようにない。まぁたまには奇跡もあるけれど。強く未来を思うということを、人類も
釣れるわけはないが、あり得ないわけでもない。なぜなら誰にも寿命があって、死に至るから。タイの死骸を食して、エビの子孫が残るのも、その摂理、諸行は無常より、弱肉強食より、まだわからない法則もある。循環の法。代謝という言葉がわかれば、越えられる
永遠に許してくれている愛があり、永遠にお世話してくれているおせっかいな人々があり。立ち直ったら笑い話にしてくれている人たちがある。支えあうというのは、時間の流れの中で、立ち位置変えて経験しながら、お互いを理解し受け入れるというけいけんがあっ
悪魔だって人の子。最初から悪魔がいたわけではない。わがままな人はいるだろう。なぜそうなるかは、愛されている欲求に依存している。愛されていないから、ワザとに、悪いこともしてみたい。あえて悪いことしたい心には、自分の存在を認めてほしい気持ちもあ
語る言葉のとらえた未来は、世を映すがごとく、つまらない日々の出来事に潤いを。突然おとづれる人生のドラマに感動を。人の目は、自分に都合のいいことしか感じないようにできているようには見える。でもね、素直に見つめたら感動や気づきにあふれてる。明日
人は愛する人のために、自分の犠牲を惜しまない。僕の祈りが届く前に君の未来が曇るなら。生命の限り、心を尽くして祈ることだろう。たとえ、血の汗出るとはしても、あなたをまもりたい。触れることのない、現世と来世のはざまで、天上界から地上に届く祈りを
人生を、もし宇宙だって見立てたら、どこに、自分の立ち位置があるのだろう。でもきっとね、回り巡る人々の心の中で、僕は戸惑いながら見つけるだろう。いこゴチがいいんじゃない。ただ心許せる分だけ自分を解き放てる場所。運命の輪が導くの未来の希望。そし
やっぱやばくない?隠し事はしたくないけど、追われたらとりあえずは逃げたくなるもの。何にも悪いことなんてしてないのに…。追いつかれて気づいたのは、ただの忘れ物だったこと。それは何かって?世間のやさしさっていうやつ。
無理は承知で、今の流れの中から、明るい未来を思い描く。どうあがいたらいいかわからないままただ、時間だけを無駄に過ぎていく…。かかえた希望はね捨てたくはないから・・・・。どうせ無理だろっていう。自分の心弱さを励ましてくれている星々のささやかな
振り返りみた前半生。未来の想念を学ぶ後半生。心が生き物みたいだって、わかったら、どうやって生かすのか、考えなくちゃ。
過行く記憶とともに、悲しみの果ては見えず、伝えても伝わらない心にもどかしさを感じて、いつ去りゆくかを悩む。伝わらない心に愛があるならば、今は一度旅立とう。別れが永遠の別離ではないことを信じることも、生命の門をくぐる勇気。明るい世界を信じて、
癒せない恋ごころ。コトバになぞらえて、癒してみたい。どれだけ、いいコトバを紡いでみても、春になく鳥の歌声にはかなわない。その姿は問わないけれど、その姿は見えないけれど、誰かこの思いを受け止めて・・・。一人さえずる空の向こうに、いつかであえる