『湯のみ?』思わず、俺は聞き返していた。ナツコは愛おしそうに、湯のみを手にとると『そうよ。』と頷き『これを焼いたんはいつの事じゃったか覚えとるでしょう』と聞いて来た。それは忘れもしない今年の元旦の夜の事だった。真っ赤に燃え盛る窯の前に陣取っ
しばらくしてナツコは俺の方を振り向いて『ヨシヒロちゃんがおえんのんよ。つまらん事ばぁいうから。』となじり『せっかくシノハラ先生から戴いた湯のみじゃから大切に使おうと思うたんよ。これが最後の一個じゃって、あんとき、おっしゃっとってじゃったでし
言うだけ言ったナツコは、俺の事など無視して、待合室の漫画本を並べ変えたり、残り少なくなっている便所の備え付けの紙を補充したりした。俺は『なぁなぁ』と、そんなナツコの後を、あちこち、追い回すようについてまわった。しばらくするとナツコはネをあげ
それから、ナツコの様子が変わった。ヤマナカ君の事をあまり口にしなくなったし、マナブと一緒に下校する事もマレになった。ナツコに頼まれ、ヤマナカ君の勤務状態を調べさせられたマナブは、その事が不満であるのか、俺の勉強を見がてら、我が家にやって来た
『ふん、そうか、シノハラがのう、、』肘をまげて枕のかわりにしヨコになっていた父はそう言うと、鼻の穴からタバコの煙をはいた。二筋の煙はユラユラと揺れて天井の方に登って行った。俺が煙の行方に見とれていると『ほれで!』とはなしの先を父が促した。『
シノハラさんが取り出したモノは新聞紙に包まれていた。『なんじゃろ』ナツコはワクワクするような声を出した。シノハラさんは『笑わんでくださいよ』と言うと丁寧に新聞紙をはがしていった。すると中から小さな湯のみ茶碗が出て来た。ナツコは『あ』と言った
俺はナツコの説明を聞いているうちにどうしても言いたくてたまらない事が心にわいて来た。それは昨夜のお宮での一件だった。どこかで見失ってしまった襟巻きが火事の現場に落とされていた事や、ハルキ刑事がわざわざそのため我が家にまでやって来て、それが家
ナツコの声が大きかったものだから店中の人が俺達の方を見た。中でもすぐとなりにすわっているお爺さんのような人が好奇心丸出しの目線で俺達の方を見つめて来た。その目線を感じたのかシノハラさんが居心地わるそうに、背中を丸めるような仕草をした。すると
『最初はじつに素朴な疑問だったんです』『疑問?なんですりゃ?疑問って』ナツコがテーブルの上のメモに手をおいてそう言うと、シノハラさんはナツコのはなしに興味を持ったのか、少しだけ姿勢を前屈みにし、聞き返した。ナツコはシノハラさんの目をじっと見