その1 『お熱いのがお好き』はモノクロだからか、ジャックレモンも剽軽にコケティッシュにみえたけどやはりカラーだとケバケバしい、てかコワい。ワイルダーもカラーだとケバケバしくみえるからという理由でモノクロで撮影したらしい。ビリーワイル
Live CODONA live in New York Paco De Lucia y John McLaughlin Art Ensemble of Chicago - Berlin Jazzfest - 1991 - Ohnedaruth
ベンヤミン:統一的過去をつくることの不可能性 デュシャン:新しい提案をしない限りそれはアートではない 志村けん:オナラは万国共通のギャグだと思ってる アウラ、ベンキ、オナラ、、ふ〜む。。。使用価値や疎外、交換価値という
こないだ会ったポーランド人のキュレーターの子は日本のアーティスト、田中功起とホンマタカシがいいと言ってた。どちらもそんなに知らないんでチェックした。 映画的な編集だな。グリッドに表される動きがグリッドの連なりと同様にリズミカル。で
さー今年も残すところ、あと11ヶ月! 忘年会はもうすぐそこ。忘年会の出し物はアレ。利き手を前に上げ、肘を曲げて、胸を何回も叩きながら「ワレワレはウチュージンだー」と音が割れるように言い続ける。数ヶ月の特訓の成果をみせるために、がんばりましょう
以前から観たかった『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』と『ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古』をレンタル。シドニー・ポラックは監督作品よりも『夫たち、妻たち』での名演の方が印象に残る。あれは素晴らしいし、とてもおかしかった。アレンの
ヒグマ春夫の映像インスタレーション連鎖する日常/あるいは非日常【第5弾】連鎖する日常/あるいは非日常の6日間・展 2016年2月15日(月)〜20日(土)/会場:銀座 K’s Galleryヒグマ春夫 / 小松睦 彼女の呼吸は確かに聴こえた。身体をそのまま
2016.2.16 coconi at Shibuya 7th FLOOR1訂正に花2手に手3Erik Satie4poetry improvisation session5だいじょうぶだよ6世界photo:naoいまここを欲する、いまここに一緒にいたい、いまここを欲する欲する音はこゝろのときめきと静けさ、 謌
忘却のフラグメントが表わされる。上から指示される「全体性」に入り込むことない個でもなく、全体主義に対する疑問を付す個でもなく、皆で歴史を組み立てる細胞として在る個でもない。彼らは歴史を構成する者たちではない。バブリーなのに不安の波がパス
う◯こちんちん、カトちゃん、っぺ。。。もとい、温故知新 モリス コスース ヴィトゲンシュタインの言語ゲームがよく分からないので、彼とヴィトゲンシュタ
シュナーベルは、絵画の復権、ってよりは、 パスティーシュへの抗い だろうし、オールビーは、 アメリカの悲(喜)劇- アブサーディティ -ってよりは、
London House You And The Night And The Music Born Under A Bad Sign
Harrowdown Hill Three Changes Stuck Together Pieces You and Me
Bugle Call Rag Actual Proof Chega de Saudade Il grande drum solo di vinnie colaiuta,steve gadd
テクストを生むフラグメントが他者性やアイデンティティにイシューされる。 社会の関わりに在る個としてのそれであり個人の中に有る知性としてのそれは、ジェファーソン的なアメリカの素朴に見つけられるものである。これはフォードやキャプラのときか