五感が敏感すぎるので、昔から鈍くなりたいとずっと思っていたのだが、何だか益々敏感になってきてるようで気が滅入る。視覚に関していえば、まぶしさに異常なほど敏感だ。LEDになった最近の電柱の電灯は光線がキツすぎて視覚が狭くなり危ない。臭覚に関して
気がつけばもう年末。というわけで。 今年のベスト。 〜新刊本編〜 ■「あたまがコんガらガっち劇場「りりりりりりりりり」の謎」ユーフラテス(小学館) 前作「あたまがコんガらガっち劇場」(2009年)から7年ぶりの新刊。 「コんガらガっち」はなんか好きな
クリスマスが終わった途端に、日本中が「ザ・ニッポン」になる。サンタクロースが七福神に入れ代わり、ツリーが門松に代わる。新宿3丁目界隈はすっかりクリスマス色が消えてお正月ムードだし、雑貨屋なども何やら和物が増えてくる。なぜ年末年始だけザ・ニッ
ごくたまに「ああ、これでいいんだ」と納得するときがある。何に対して納得するのかといえば、すべてに対して納得するのだ。覚えている中で最初にこれが訪れたのは中学生のときで、とあるテレビ番組を見てるときだった。当時、テレビによく出ていた萩本欽一が
新潮文庫のドストエフスキーの「永遠の夫」と「死の家の記録」、どちらにも「ドロンする」という言い回しが出てきてちょっと驚いた。両方とも70年代の翻訳で、それぞれ違う翻訳者。死語として知られる「ドロンする」という言い回しはてっきりバブル時代の頃の
先日、実家で古いカセットテープの中身をいろいろ確認していたら、僕の声が入っているカセットがあった。最初これが誰の声だかよく分からなかったのだが、そばにいた親に言われて自分の声だと気づいた。どうやら大学生の頃の自分の声なんだけど、普段自分の声